ぐっと背の翼に力を篭める。
大きく広げたその両翼を思いっきり大気に打ち付けるのと同時、
砂を蹴れば馴染みの感覚が彼を包む。
下向きだった視線を上に向け、躯に見合わぬ身軽さで――
まるで目に見えぬ階段がその場にあるかのように――
ぐいぐいと宙を駆け上る。
やがて城すら豆粒程の大きさになった頃、彼は篭める力を緩め
それ以上の上昇を止めた。
頭上には紺のビロードの如き夜空と月、そして零れそうな星々。
周囲にあるのはただ風のみ。
彼は目を細めて月を一瞥すると、大きく肺を膨らませ
すぅっと月光に冷やされた上空の大気をとりこみ、
吼えた。
それは鷲の鳴声とも、獅子の雄叫びとも似て似つかぬ魔獣の咆哮。
衝撃波すら生じさせる程激しい、言葉無き感情の発露。
夜闇を震わせるそれに驚いてか、幾筋か星が流れ行く。
そうして十数秒程大気を震わせた後…彼は羽ばたきを止めた。
間髪入れず大地の魔手が彼を絡めとり、己が懐へ引き寄せる。
だが、彼は抗おうとしなかった。
―――音も無く空を滑り落ちるその巨躯が
地を穿ったと言う話は、終ぞ、伝わっていない。