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幕間:三日月の明かり

「故郷に戻るんだって?」

居候たる少年が席を外している隙に、家主たる青年は
彼のペット…もとい、家族である二人に問うた。

続き
1年と少し。
長いとはいえない期間とはいえ、青年は彼とほぼ毎日顔をつき合わせてきた。
彼が来てからというもの、番樹が暴れた回数は両手足の指では全く足りない。
加えて青年は文字通り『風の噂』を聞くことができる能力を有している。
だから仔細を聞かずとも何となく彼の置かれている状況は知っていた。
故に騒動の度、頭にもたげた選択肢――追い出す――を踏みとどまって来たのだ。
完全にとは言えないが、彼にとって此処は安全圏であると理解していたし
下手に追い出しては更に騒動が広がりそうな気がしていたから。

しかして、少年は故郷へ戻る……安全圏から出る、という。
青年にそれを止める気は無かったが、そのまま「ハイさようなら」というのも
彼の前途を想像すると余りにもドライすぎる気がしてはいた。

ならば……と青年は思案して、二人に声をかけたのだ。
白い翼が美しい隼、イクバールと
美しい声色のタマリン、シャーディーに。

「イクバールは当然ついていくとして…
 シャーディーもついていくんだよな?」

確認するように問う青年に、二人はちらりと互いを見る。
一瞬火花を散らした後、競いながら同時に頷いた。

「…そうか。じゃ、ちっとは役に立つかな」
「リン?」

何、と問うシャーディーに、青年はにっと笑い、リングを2つ取り出した。
1つは紅玉髄と水晶で上の三日月と星が意匠されたもの。
1つは青金石と菫青石で下の三日月と星が意匠されたもの。
土台に使用されているのは何れも銀、二人の足や尾に丁度良いサイズである。
一箇所切れ目が入っていて完全な輪ではないところをみると
最初から二人用として作ったもののようだ。

これは?と視線で問う二人に、

「余計なお節介だとは思ったんだけどね。ま…護符代わりにな」

奴に渡してもなくしそうだから、と、青年は苦笑を浮かべて言う。

「石の意味は省くぞ、面倒だし。が、ただのお守りじゃ芸がねぇからな
 ちょいと術を仕込ませてもらった。その説明だけはしておく。

 ―――ナセルには絶対内緒だぜ?」



四の輝石と一の金属で紡ぐは祈念、篭めし術は堕天使の呪詛。

困難と知れている道へ旅立つ若者に餞別を。
当人にではなく傍らに居てくれるだろう者達にひっそりと。

細く頼りない三日月だとしても、真の暗闇は訪れないと信じて。

  • 2012/08/15
  • 創作モノ::幕間/KOC