『全く…とんでもないことを言い出すな、お前は』
(あら。私の無茶振りは今に始まったことじゃないでしょ?)
縦横無尽に広がる、果てない闇の中。
冥府と呼ばれるそこで、一人であり、二人である存在はいつぞやのように言の葉を交わす。
いや。
いつぞやとは冥府のある世界が違う。
そして彼等も、本当の彼等ではなかった。
宿る魂や思考は当人達に違いない。だが、今言の葉を交わしているのは、
“写し身”として創られた人形の方。冥府も本当の彼等…本体が存在しているそこではなく、
写し身…人形を送り込んだ先―――イブラシル世界にある冥府。
彼等は仲間と共に冒険の一環として、此方の世界の冥府へ降り立ち、
二世界の冥府に―――本体と人形の違いは有れど―――降りた人物などという
珍妙な記録を打ち立てたところだった。
今は丁度休息中。
周りでは仲間がそれぞれに身を休めている。
彼等は最初の見張り役を買って出、仲間が休んだのを見計らってから、
彼等に配慮して思念だけで会話をしている、というわけだ。
『そーだけどさ。
それって…何かすっげぇ反則技じゃねぇか…本体に怒られっぞ?』
(そうかなぁ。そのくらいの可能性考慮してると思うわよ?
考慮して無くても笑って許してくれるってば。
私なんだからしょうがないねって)
『…そーかもしれねぇけど… でも、あいつに悪いさね。
また悲しませるのは嫌さ』
(手紙を送っちゃった時点で悲しませるも何も無いと思うけど?)
『それはそれしか手段がだな…っていうか手紙とそれとを一緒にするな!』
身体があれば噛み付きそうな勢いの語調でヤシースが反論する。
対するスーシャは悠々と笑ってそれを受け流した。
彼がどんなに反論しようが、最終的には彼女の意思が通ることを知っているからこその余裕。
特に今回は自身の為―――ひいては仲間の為にしようとしていることだから。
(余り変わらないわよ、送り込む時点で一緒。
大体、それしか手段が無いのは椰子だってわかってるでしょ?)
『それはそうだけどさ…』
先日から続く精神不安定。
暫くのんびりすれば元に戻ると思っていたのだが、これが中々治らない。
未だ暫く時間はあるだろうが、出来る限り早い内に…大物を相手にする前に、万全な状態にしておきたい。
なら、他の手段で一気に解消するべきとは、彼も彼女も一致している意見だ。
問題はその方法。
少し前のように思いっきり魔力を暴走させて発散するのが一番楽だが、
ここではそれも出来ない。色々と危険が多すぎる。では、創作方面に…
というのも、こんなところでこんな時期に遊ぶなんて、それはそれで問題ありすぎだろう。
色々考えた結果、彼女が思いついたのは元の世界の親友に会いに行くこと。
手紙というのも考えたが、それでは足りない。
まあ、会いに行くといっても、“幽体離脱”と彼等が呼んでいる意識を載せた魔力の塊だけを、
元の世界にメッセンジャーとして飛ばすだけ。しかもその友人の傍には、
自身の一部を分けた存在が居て、今尚繋がりを有している。その繋がりを利用すれば、
僅かなエネルギーであちらに飛ばすことは出来るはずだ。
本体ではない、精神と魔力が混ざり合っている存在だからこそ―――
生身の肉体を持たない、人形の彼等だからこそ、そして自身の一部が
友人の傍にあるからこそ出来る離れ業。
最も、今の“幽体離脱”よりも更に薄い、幽霊のような姿になるだろうが…
(ずっとこんな鬱々とした気分で居たら皆に移っちゃうし、心配かけちゃうし。
―――本当に戻るわけじゃない。ちょっとしか飛ばさないから
ユエと彩にしか見えないと思うし、半裸にだってみつかりゃしない)
『そこが問題なんじゃねぇさ、本当に戻るわけじゃないってのがまた悲し…』
(あら、大丈夫よ。これっきりだとは思ってないし!)
大体、行ってくるって言っただけでサヨナラは一言も言ってないんだよ?
そう笑う彼女に、彼は盛大に溜息をつく。
駄目だ、何を言ってもコイツはやる。
ま、本人格の言う通りそれしかないのもよく判ってる…なら、影響を最小限に留められるよう
尽力する、それしか俺に出来ることは無いじゃないか。
『…ったく…しょーがねーなっ。わかった、あんま気乗りはしないけどさ。
ただし、行くのは俺だけにさせてもらうさね。
二人とも“幽体”になるわけには行かないし、今回のも転送といえば転送だろ?
そっちは本人格の方が得意で、“幽体”は俺のほうが得意となりゃ…な?』
(えーっ!? …あー…でも、そうだよねぇ…躯を空には出来ないし…
んでも思考は繋いでて貰わないと、私の気分はそのままだよ)
そういう風に調整できる?と問う彼女に、
『あのな…、俺を馬鹿にしてるのさ?』
お前より魔法を扱うのは得意なんだからな!
と、彼はもう一度盛大な溜息をついた。
