「…あっれ。意外さね、そっちもさ?」
黒い鏡面に映し出された姿を見、彼は面白そうに笑う。
鏡面に映し出されているのは、紅の長髪、長い―――所謂エルフ耳と茶の羽耳、
同じ色の茶の片翼をした青年―――鏡を覗き込んでいる青年と瓜二つ。
普通の鏡でなら全く違和感のない光景である。
が、これは普通の鏡ではない。
鏡の向こうは異世界。この黒の鏡は魔法による通信鏡なのだ。
『そのようさ。不思議な感じだなぁ、本人格と喋る事はあっても、俺が俺と
こうして喋る事があるとは…思ってもみなかったさ』
鏡面向こうの瓜二つの青年も、同じような笑みを浮かべる。
そう、彼等は異世界に居れど同一人物。
―――正確には、写し身とその本体。
あちら側に居る彼――本体が、こちら側に居る彼――写し身を創った。
そしてその両方とも、とある人物の別人格である。
主人格と入れ替わって表に出てきたときにのみ、今の紅髪の青年の姿で、世界に存在する事が許される。
もっとも、写し身たる此方の世界の彼は、幽霊のような半透明の姿で現れる術をも身に付けているのだけれども。
兎も角、二世界で機を同じくして主人格と入れ替わっていなければ、
遭遇することがない場面であるが故に、当人達も面白がっていると言うわけだ。
『ま、ハロウィンで随分力を使ったみたいだしな…随分はしゃいでたけど
やっぱそれなりに疲労が溜まってたんだと思うさね。あんなに色々やったのは
ひっさしぶりだったからなぁ…』
「あれはほんっとやってくれたって感じだったさ…ま、元気になったなら良かった。
お陰で随分リュエリアに睨まれちまった気がするけどさ(苦笑」
『そうなのさ? でもいいだろ、あの程度で済んだんだからさ。
…そんで、今日は一体何の用さ? 俺から通信鏡繋げるって尋常じゃないな。
本人格に用なら、直ぐに起こすが…その必要は無さそうだな』
「察しが良くて助かるさね」
流石俺って言ったら自画自賛かな、と笑ってから、此方の世界の――写し身である彼は
一転して真剣な表情で本題を切り出す。
「冒険者制度が近いうちに一旦廃止になる、っていう通達が出た…のは
そっちも知ってるよな」
『ああ。詳しい話は聞いてないけど』
写し身の得た情報は、魂の繋がりを経て特に何もせずとも本体へ届く。
そもそも、本体が自分で行けない代わりとして創った写し身だ、魂の一部を載せているのも関わって、
その辺の情報伝達度はそこらの魔法生命とその創り手の繋がりよりも遥かに濃い。
写し身の彼等が感じたこと、体験したことの殆どはそのままダイレクトに本体の情報として共有される。
「俺らも詳しい話は知らないんだけどさ。まあ兎も角…廃止になってからも暫くはこっちに残るつもりなんだけど、
どのぐらい残っていて平気か、ってのを確認したくてね。
…魔力の問題は解消されてるが、魂の問題があるだろ?」
『その話か…』
鏡面向こうの彼は、腕を組んで眉根を寄せた。
写し身の彼等は、長期間異世界で冒険することを前提に創られている。
だから当然耐久性は高いし、原動力となる魔力も旅先である程度補えるような造りになっていた。
それでもある程度までしか補充できないから、何れは戻る事になるだろう…と、思っていたのだが。
五色の龍の肉等を喰らい、死天使すら吸収した事により、その懸念は解消された。
今なら、ほぼ半永久的に滞在する事ができる。
だが、彼等は写し身として創られたが故に、もう一つ弱点がある。
本体の魂の一部を分割し、載せている、という点。
本体も写し身も、その体躯に宿す魂は確かに一である。
だが、元々一つであった魂を割って、しかも其々異世界という離れた場所にある。
あまりに長期間分かれたままでは、どちらかに悪影響が出ないとも限らない。
それに、最初はある程度の期間を経たら―――旅が終わったら、戻ってまた一つになることを想定して創ってある。
今のまま二つの世界にずっと居ることは出来ないだろう。
だから、写し身の彼は残された時間がどれだけあるのかを問うたのだ。
もし余りにも短いようなら、謝りに行かないといけないところが有る。
『……難しい話さ。今のところ、互いに悪影響は確認出来ない。
その手の悪影響はいきなり来るもんじゃない…と思うから、異変を感じたら
戻ればいい…とは、思うんだけども』
「そっか…。じゃ、いつまで、ってラインは引けないんだな」
『それも調べて見ないことにはなんともいえない感じさね。
それに………、いや、こいつはまた今度でいいか』
「? 何だよ、思わせぶりだな」
『気にすんな。 …兎も角、残り時間については調べておくさ。
そうだな、制度が廃止する頃には何かしら報告できると思うさね』
「判った。んじゃ、その頃になったら連絡宜しくさ」
『おう。じゃ、またな。最深部滞在に慣れたとはいえ油断すんなよ、俺』
しねぇよ! と、苦笑気味に返した声は、果たして届いたかどうか。
真っ黒な鏡面はその能力を失い、冥府の闇へと同化していった。
