呼気を静め、間を図り、相手の一挙手一投足を全身で感じることに務める。
目には頼らない。見えた瞬間では遅い。
相手から放たれるプレッシャーは、以前と全く遜色なかった。
元々身体の衰えとは無縁の者とはいえ、戦いの場から離れて久しいというのにこれだ。
加えてこの5年以上寝ている事の方が多かった相手だとは…一体誰が想像するだろう。
知っている彼女にとっても、やはり驚きに値する事実である。
内心で渦巻き始めた感情を、彼女は一先ず押し込めた。
平常心でかからなければ。
再度呼気を静め、それを保とうと試みる…が。
…蓋から零れた感情が、口元に笑みを浮かべさせた。
――ああ。
やっぱり無理だ。楽しさを、嬉しさを堪えきれない…!
彼女の変化を察し、隙と見たのか相手が動く。
そのスピードは体躯から考えられないほど俊敏。纏う衣が大気に色を残し、まるで紅の疾風。
相手はその体躯と膂力、勢いを活かして得物を―――並みの人間では扱えぬ、
彼女の身長よりもずっと長く、そして重く紅い大剣を―――振り下ろしてくる。
無音の世界の中、彼女はそれを見ていた。
全身の感覚を研ぎ澄ませていたせいだろう、全てがコマ送りのように感じられる。
何もしなければ薪のようにすっぱり割られてしまうだろう。
勿論、彼女にそうなる気はない。視覚が先の情報を伝え始めた時には、
相手の刃を受け止めようと、身体は反射的に動いていた。
襲い掛かる凶刃を防ぐには余りにも華奢な、白い翼飾りのついた蒼い刀身の片手剣を用いて。
火花とともに響く激しく高い衝突音。
何時の間にか世界に音と速度が戻る。
防ぎきれないと見えた蒼の片手剣は、折れることも欠けることも無く、
自身の何倍も大きく重い一撃を見事に受け止めた。
彼女もまた、あれほどの衝撃を受け止めたというのに、一切の傷も痺れも負っていない。
―――それを知って、相手の口元にも笑みが浮かんだ。
相手が二撃目を繰り出すその前に、彼女は体躯から考えられない程の膂力を発揮して、
紅の大剣ごと相手を押し返した。いや、弾き返した、に近い。
身長差にして1.2倍以上、得物まで含めた重量差は2倍近い相手。
常識ではありえないが、相手にとっては想定内だったようで、特に驚いた表情はない。
間髪入れずに今度は彼女の方から攻め立てる。
翼による機動性を活かしての連撃、そして―――
先ほどと反対に、今度は彼女が剣を振り下ろす。
勢いと重さを増すため、中空からの落下エネルギーも加えた一撃。
再び高音の衝撃音が響き、歯軋りに似た音が空間を支配する。
「…ふむ。鈍ってはおらんようだな」
悠々と彼女の刃を受け止めながら、愉快そうに言う。
「それはこっちの台詞」
半ば呆れながら彼女は一瞬だけ更に力を篭め、そこに生じた反発を利用して距離を取った。
膂力の差は魔力で補っているものの、力比べをして勝てる相手ではない。
長時間刃を交えていても消耗するだけからだ。
「当然であろう。此方に帰って来たのだからな」
「ま、そうだけど。判ってても釈然としないわ、何年も寝てたってのに…全く…」
「その代わり、下がらぬだけで上がっておらん。スシは変わったな。昔より重く感じたぞ」
「そりゃ、誰かさんと違ってそんなに寝っぱなしじゃないし」
「成る程。食べて重くなったわけだな、体重が」
「!? な…っ、」
「冗談だ。本気にするな」
そう言うところは変わっておらんな、と、至極愉快そうに笑う相手に、彼女は深く溜息をつく。
そうだった。コイツは昔からこういう奴だった。
―――――何年寝ていようが変わらない。
それがムカつきもするし、嬉しくも思う。いや、4:6で嬉しさが勝るか。
もっとも、それを相手に言うつもりは無い。
嬉しさを溜息に隠して、彼女は再び、背の翼を用いて宙を駆る。
より強く、より疾く、より鋭く。
相手を躯どころか、魂まで打ち砕く位の勢いで。
勝敗なんてどうでもいい。
ただ、思うまま、望むまま…数年ぶりの、真剣な遊びをしようじゃないか。
