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幕間:嵐の後の夕焼け

続き
ガタン! と短くも派手な音。
何事かと振り返れば彼の主人――翼人が膝を付いていた。
その直ぐ横に倒れた椅子があるところをみると、どうやら立ち眩んだかどうにかしたして、
とっさに身近にあった椅子を頼った……ものの、椅子には大きすぎる負荷だったようだ。
彼の主人は魔法人形。生身の人間のように病に罹って不調をきたすことはありえない。
故に、ただの立ちくらみと片付けることがディドにはできなかった。

「大丈夫ですか」

食料庫から運んでいた諸々を食卓に放り出し、駆け寄って低く声を掛ける。

「………大 丈夫… …」

ややあって返された言葉とは裏腹に、声音は随分掠れていて
俯いたままの顔を覗き込めば酷く青く、ぎゅっと目をつぶったまま。
何より、翼人の周囲の空気がわずかに揺らいでいる――魔力が躯から滲み出ている。
どう見ても大丈夫という状態ではない。
思わず触ろうとして、ディドは寸でのところで思いとどまった。
自分とイディは絶対に触れるな、といわれていたのを思い出したのだ。

「Gie殿を呼んできます。それまで何とか堪えてください」

返事を待たず、ぱっと立ち上がってGieの部屋へと駆け出す。
こういう事態が起こりえることを、彼は翼人自身から予め聞いていた。
触れるなといわれた理由も、この症状の対処法も。

+++

先の巡りの終わり頃、部隊の全員を集めて翼人は次の巡りについて語った。
その説明は前置きから始まった非常に長いものなので詳細は省くが、要約すると
自身の存在を保つ為に術式と魔力の調整を長期に渡って行う必要が有る。
その際、日常活動を維持するために姿形と人格が変わるが、
記憶類は共有しているので今までどおり接して欲しい、ということ。
そして、今の自分――青年姿よりも諸々の能力が上がり、
感情を魔力に変換する性質が濃くなる代わりに
魔力制御が間に合わなくなり易い――すなわち暴走し易い、ということを。

厄介な性質だよ、と、苦笑を浮かべながら翼人は4人を前に説明を続ける。

「本人が意識してようがしてまいが関係なく変換されちまうからね、あっちの場合は。
 それでも俺が『内』に居るし、よほどのことがない限り何とかなる筈なんだが……。
 ――もし魔力が暴走を始めるようなことが起きたなら、」

翼人は誰に合わせるでもなかった視線を、ひたっと白髪紅眼の男――Gieと合わせた。

「その時は既に俺が『内』から抑えられる限度を超えちまってる。
 …お前の抑止力は俺には毒だがアイツには薬。世話掛けてすまんが…頼む」

+++

「…やっぱり無茶だったんじゃないかしら。貴方なしで遠征するのは」

ソファに横たわった翼人の額の汗を拭ってやりながら、ダーシェは傍らに座るGieに問う。
彼女は異常に膨れ上がった魔力に気付いて駆けつけ、Gieが翼人の魔力を鎮めるのを手伝った。
ダーシェも翼人とは反対の『闇』の持ち主。
加えて闇と魔力の扱いに非常に長けている事が幸いし、程なくして暴走は止まった。
Gieの抑止力だけではここまで素早く鎮めることはできなかっただろう。
それでも、身の内で増え続ける魔力を暴発しないよう押さえつけるのは
相当な負荷だったらしく、翼人は鎮静と同時に疲労困憊を起こして倒れたのだ。

疲労困憊を起こす程魔力が膨れ上がってしまっていた、ということなのだが…
何故今頃になって、というのが二人の率直な感想だった。
そういう事態がありうる、と事前に聞いてはいた。
でも今までずっと何事もなく過ごして来ていただけに、納得し難いものがある。

原因として即思いつくのは平行世界と繋がった頃からGieが遠征部隊から外れたこと。
そもそもGieが無理を押して遠征部隊に入っていた理由が翼人の抑止、である。
それがなくなったから…というのが一番考え易い。
ダーシェの問いはそういう部隊事情を踏まえての事。

「…やもしれん。だが、それだけが原因とは思えぬ」
「え? …何故?だって、貴方を部隊に入れなくなってから……」

Gieの思わぬ回答に驚いて再度問いかけたダーシェに

「ああ…Gie殿の存在如何で暴走したのだとしたら、主人はもっと早くに遠征先で
 暴走していたはずです。週末戦やギルド戦も一人で何度もこなされていますし」

少し離れたところで夕餉を食卓に並べながら、ディドが意見を述べた。

彼ら使い魔は翼人から魔力を譲与されているため、抑止の手伝いができない。
元々は同じ魔力。互いにやり取りするのが容易な分、暴走中に触れたり同調したりすれば
十中八九巻き込まれてしまう。
だからといってただ見ているだけなのは時間の無駄、と割り切って翼人の家事を代行するあたり、
幼く見えても流石は使い魔というべきか、しっかりし過ぎているというべきか。

兎も角、ディドの意見にGieは頷いた。

「一因であった可能性は否定せん。――この件については本人に直接聞くのが早かろう。
 問題の根幹が感情ならば、俺たちが考えたところで明確な答えは出まい」
「……そうね」

ふうっと小さくため息をついて、彼女は浮かんだ疑問や言いたいことを振り払う。
そうやって思考を切り替えれば、ディドが用意した料理から漂う香りに胃が刺激された。
集中していて気が付いていなかったが、どうやら相当空腹だったらしい。

「…ん。じゃ、ご飯にしましょ。ディド君の手料理なんて、初めてだから楽しみ」
「期待しないでくださいね。主人ほどの味、僕には出せません」

心底楽しそうなダーシェに、困ったようにディドが笑えば

「お前に教えているのはヨクトであろう? 期待するなという方が難しい」

何を思ったのかGieまで期待を口にする。
流石に彼にまで何か言われると思っていなかったのだろう。
一瞬吃驚したように動きを止め、そしてふいっとそっぽを向いた。

「……裏切られても知りませんよ。イディを呼んで来ます」

言い捨てるように妹を呼びに行ったディドが完全に部屋を出るのを見届けて、
二人は小さく吹き出した。
ディドの真っ赤に染まった横顔と態度が、彼の主人と全く同じだったから。

  • 2015/01/25
  • 創作モノ::幕間/AUC