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幕間:停戦のち和睦

※作成自体は 2015/1/2 ながら、時間軸的に此処に挿入※

続き
きぃ、と軽い音を立てて開いた扉に、男は書物から視線を上げた。

「ほう。来たか」

ノックもせず、声もかけずに入ってきた人物を見、咎めるでもなく声をかける。
光度を落とした照明の中でもなお明るい、鮮やかな黄緑の髪と白い翼を持つ青年は
後ろ手に扉を閉めつつ、まぁな、と短く応えた。

ぱたん、と、やはり軽やかな音を立てて戸が閉まる。

「……で?」
「で?」
「何を要求する気だ?」

不機嫌さを全く隠そうとも……むしろ前面に押し出したような低く押し殺した口調で青年が問う。
予想していたとはいえ、余りにも予想通り過ぎる反応に男は内心で苦笑した。
元々、青年は自分の感情をストレートに表現するタイプではあるが、
男に対してはそれがより顕著に―――否、配慮や遠慮という要素を一切欠いて相対する。
良きにしろ、悪しきにしろ、青年がこういう態度で臨む相手はこの男以外に存在し得ない。

それを知ってか知らずか。
男は青年の態度に対し何も口にせず、ただ黙って卓の上に出していた深い色の瓶を軽く持ち上げた。
卓上には瓶の他に、つい先ほどまで男が目を通していた黒い書物と、二つの切子グラス。
グラスの片方には既に琥珀色の液体が注がれて、ゆらゆらと灯りと戯れている。
それらを見やって、青年は黙したまま諦めた様に溜息をつき、卓を挟んで向かい側に置かれた椅子に
そっぽを向いて座ると同時、空のグラスを手に取って男に向かって突き出した。

「…そう警戒するでない」

青年のあからさまな態度に半ば呆れつつ、瓶を持ち直してグラスに注いでやれば

「そう言われてもな。素直に『はい、そーですか』って解けっかよ」

ふん!と鼻息荒くそう言い返され、男は明らかに苦笑を浮かべた。
青年が此処まで男を警戒している原因が間違いなく己にあることを知っていたからだ。
――あれほど『彼女』にきつく注意されていたにも関わらず、青年を、
青年のオリジナルと全く同じように扱ってしまった事がそもそもの原因だ、と。
こちらの時間でほぼ2回の巡りを経た先頃、男はようやっとそれに気がついた。

「―――――ヨクト」

不意に名を呼ばれ、弾けるように青年は男を見た。
……男が青年をその名で呼ぶのはこれが初めてのことである。
驚く青年の視線をしっかり捉えつつ、男は極々微かに笑い

「すまなかった」

目礼と共に短く謝罪を口にする。


暫しの沈黙。

「―――――――理解すんのが遅ぇんだよ……」

溜息混じりに呟かれた青年の言葉にはしかし、先程までの刺々しさはなく。
ぴりぴりと張り詰めていた気配も少し、緩む。

「でもまぁ……、理解して貰えただけマシ、かね……」

俺らの事情はややこしいからね、と、何度目かの溜息をつく青年に男は笑う。

「お前達がややこしいのは昔からだな。
 ――しかし、此処まで見事に避けられるとは。其れ程に俺が嫌いなのかと」
「それは違う!」

皆まで言わせず即否定する青年に、くくっと笑う。
その笑みに、嵌められたと理解して、先程までとは違う意味で青年はまたそっぽを向いた。

「性質が悪ぃぜ、全く……」
「俺は俺のまま故にな。…この程度の意趣返しはよかろう?」

ずっと避けたままだったのはお前なのだから。
静かに付け足した男の言に、青年は一気にグラスの中身を呷る。
男の言っていることは間違ってはいない。
理解されないと思い込んで、青年は極力男との接触を避けてきていた。それは事実だ。
実際、今日だって友から譲り受けた書物の件でなければスルーしていただろう。
それはそれで青年なりに事情と心情というものがあったからなのだが、
やられた方としてみれば堪らなかった筈だ。
それに思い当たって、青年は喉元まででかかった言葉を全て酒で押し戻した。
押し戻し、言葉にならなくなったのを確認してから、青年はゆるりと男に向き直る。

「……あぁ。コレで手打ちだ」
「うむ」

じ、っと睨…むよりも威圧の少ない視線を交え。
どちらからともなく笑い出す。

「…ったく。長かった………ほんっと長かった」
「長いという程か?」
「一日千秋っていうだろ」
「用法が間違っているように思うが」
「細かいことは気にすんな。とりあえず俺にとっちゃそんな感じだったんだよ」

笑いながら、再度満たされた琥珀色を一口呷り。
――ふと、青年は表情を引き締めた。

「でもこのタイミングで理解して貰えたのは本気でありがたい…
 これで心置きなく『調整』に入れるってもんだ」
「…調整?」

聞き返す男に、青年は真剣な眼差しのまま頷く。

「そう。調整。
 …こっちに来てから一度もやってなかったからね。彼方此方澱みが溜まりまくってる」
「何の話なのか全く見えん」
「………どういえば良いのか…。
 詳しく話すにゃ今日は時間が足りねぇし、俺も上手く説明できる自信が無い。
 この件についてはまた改めて話させてもらうよ」

ま、今日はあと少しお前の晩酌に付き合ってやるさ、と言う青年に
男は微苦笑しながら互いのグラスを満たしたのだった。

  • 2014/11/25
  • 創作モノ::幕間/AUC