生まれてきてくれたことを祝福するわ、と、彼女は言った。
――彼は、咄嗟に返す言葉を思い浮かべることが出来なかった。
原因は単純。
自分達は『生きモノ』としての定義から外れていると、彼は考えて居る。
特に自分と、紅いのは。
共に『人形』なのだ。
個体として意思が存在し、力を持ち、欠片とはいえ魂を有し、行動も制限されていないものの
そもそも、両方ともオリジナルが存在し、尚且つそちらがマスターである。
自分達の行動を、彼らは、やろうと思えば幾らでも制限し、完全に操ることが出来る。
自分はオリジナルを遥かに凌駕する魔力を所持するに至ったが
創ったモノと創られたモノとしての制約はけして覆すことが出来ない。
紅いのは魔力を持たないが故に、やるとしたら術を行使した己のオリジナルが
彼のオリジナルからの申し出に応え、介して、初めてそうなるだろうが。
加えて、所謂『生き物』として必要とする現象を、必須としていないし
例え『致命的』といわれる損傷を負ったところで何の支障もないのだ。
人として振舞えるよう五感を持っているので、痛覚がもたらす刺激に
一時的に意識が落ちることはありえる。ありえるが、と言って
本当の「人」と同じく、存在が世界から損なわれることは無い。
せいぜい己を構成する魔力が大なり小なり欠けるだけ。
――死が無い。
そも、死に至る前提となる生そのものが、偽りであり、存在していない。
反して、遣い魔達は魔法と術式で出来た擬似的なものでは有るが、『生命』である。
彼らは彼らで自我を構築し、独自の精神を持つ。『生き物』として必要な事象は
やはり必須ではないが、有った方が良いのが彼らだ。
そして、自分達と何より違うのは、彼らには、死が存在し得る。
しかし…彼らには『核』と呼ばれるものはあるものの、それが『魂』かと問われれば『否』である。
核は魂たりえない。魂の無いモノは、果たして『生き物』と言えるのだろうか。
……此処まで思考して、馬鹿馬鹿しい、と、彼は思考を打ち切った。
生きていようが、生きていまいが、今此処に、自分達は『在る』のだ。
『己』が存在するのだ。
それで充分じゃないか。
『生命』ではないかも知れないが、在る事には間違いない。
Cogito, ergo sum.
だから彼は、変なことを聞いてすまない、ありがとう、と返した。
