ディアスの西区、とある通りに面した、カフェテラス。
穏やかな陽光を浴びながら、温かいラテと洋ナシのタルトを堪能しつつ
私は久しぶりに彼女と対面していた。
「…あの、店内に行きませんか?
人の視線が…何か、妙に多い気がするんですけど…」
極力周囲を見ないようにしつつ、気になるのか声を潜めて彼女は言う。
通りかかる人々からの好奇の視線は、勿論気がついている。
私と彼女が普通の人間には無いモノを有しているからだ。
私は背に白の両翼。
彼女は黄昏色の羽耳。
一人でも割と目立つのに、それが二人揃ってとなると嫌でも人目をひく。
――それでも、まだこの地域だからこの程度で済んでいるんだけど。
この地区は他の地区に比べ亜人が多く、しかも昔から住んでいる種族が多い。
だから珍しい容姿でも少し好奇の視線を投げかけられるだけで終わる。
ちなみに、それが私のお邪魔している教会のお陰であることはつい最近知った。
「店の中に行っても同じよ。私も貴女もこの世界じゃ珍しい容姿だから
結局視線を集める事には変わりないわね。だったら好きな場所で
美味しいものを頂いた方が良いじゃない?」
「はあ…」
「私達にとってはこの姿が普通なんだから。気にしない気にしない。
気にしたら負け、って言葉もあるんだし、ね?」
そう言って、タルトをフォークで切り取り、口に運ぶ。
爽やかな甘味と芳醇な薫りが口一杯に広がった。
…ん、流石彼が勧めてくれたカフェ。これは美味しい。
私の態度が本当に周囲を気にしていない、と悟ったのだろう。
一つ溜息をついて、彼女はラテに口をつける。
暫しの沈黙。
「あの、」
「ん?」
「…有難うございました。私がここに戻ってこれたのは、貴女が母に
口添えをしてくれたからだと…もう二度と戻れないと思ってました」
「ああ…、したのは本体だけど。その事ならお礼を言うのは私達の方。
戻って来てくれて有難う。お陰で色々助かったわ」
とびっきりの微笑を浮かべて言う。作った笑顔じゃなくて本心からの。
彼女と私――正しくはこの人形の躯――の間には濃い繋がりがある。
彼女がこの世界に戻ってきてくれたことで、私達はこの世界に『標』を持つことが出来た。
つまり、あちらとこちらを比較的容易に行き来出来る、そんな状況を作り出すことが出来たわけだ。
これで、私達がこの世界に残留する為の手筈の大半が整った事になる。
残った手筈は私達が私達の好きなタイミングで実行すればいいし。
「でも、貴女が言い出してくれなかったら、戻って来れなかったと…
母は此処以外に放り込むつもりだったようですし…」
「…まぁ、彼女ならやりかねない、というかそうしたでしょうね」
彼女の養母…私の古い古い友人の顔を思い浮かべ、苦笑した。
私も中々の性格をしていると自負できるが、彼女には負ける。まあ、あの性格だからこそ、
幾つもの世界を『各地』と言って渡り歩き、方々で子供を拾っては養うなんて事が出来るのだろう。
同じく移転の能力を持ってはいるが…、彼女と同じ事は私には出来ない。
「母を良くご存知なんですね」
「ええ、まあ。永い付き合いだもの、彼女とは」
どんな付き合いなのだろう、という興味が沸いたのだろうか。
彼女は先ほどまでの表情を少し崩して、興味深げな視線を投げてくる。
―――でもその話は今度、ね?
今から沢山時間が有るのだから…その話は後で、ゆっくり出来る時でいい。
「それよりも。今度の冒険者登録、貴女はするの?」
先日、撤収命令が出て暫くしてから…また冒険者を募る旨の告知が張り出された。
私達はこの世界に常時居る事が出来ないので、登録はしない。
しないけど、魔物退治とかは別所で請け負う予定だし、
冒険者達への出来る限りの手伝いはするつもりだ。
彼女が登録するというのなら、そのサポートは惜しまない。
「そのつもりです。昔の仲間や知り合いには…会えないと思いますけど。
もしかしたら会えるかもしれませんし…修行も兼ねて」
「そう。じゃ、何か有ったら私に連絡くれれば即駆けつけるから。
手伝える事とか役に立つ事があったら遠慮無く言ってね?」
「え…、そんな。ご迷惑をお掛けするわけには」
「―――貴女に消えられちゃ、私達が困るのよ」
本気の視線を刹那に満たない時間で投げる。
殺気に近い気迫の篭った視線に、彼女は身体を強張らせた。
ふうん…、感覚は流石に彼女の娘として鍛えられてる事は有るね。
普通なら気が付かないくらい短い時間だったのに。
「まあそんなわけで。迷惑なんかじゃないし、遠慮なんかして欲しくない。
同じ『血』が流れてるのもあるし…何より、私は貴女を気に入ってるもの」
一瞬前と一転、今度はさっきみたいな笑顔を浮かべて。
我ながら落として上げてるなー…と自覚しつつ。
「だから私の事はスーシャって呼んで?
あと、ダスクって呼ばせて貰ってもいいかな?」
「え…あ、ええ。それは勿論」
状況についていけないのか何なのか、戸惑う姿がちょっと面白い。
ま、私の猫の目性格についていけるのは片割れ…椰子だけか。
「ありがと!
じゃ、早速なんだけど。これ食べたら服買いに行きましょ!」
「え? え、でもこれは…一応旅とか戦闘とかを考慮して…」
「それはそうだけど。でもちょっとシンプルすぎるし。
大体冒険者登録まではまだ日があるのよ? その日まで街に居るんでしょ?
その間ずっとその格好ってのも気が早すぎるっていうか、どうかと思うし。
この通りの一本向こうに、良い服地売ってるお店もあるのよね」
少し強引だとは思うけど…彼女だって結構イイ性格してるって聞いてるから、
さっさと私達に慣れてもらうのも兼ねて。
中で椰子がかなり呆れて溜息をついてるが、気にしない。
―――ふふ。冒険者として旅には出れないけれど…
これからも中々、楽しい日々を過ごせそうだ。
