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幕間:黒の漣は熱を孕む

続き
ゆらり。

揺らめいたそれに真っ先に気が付いたのは青年だった。
曲がりなりにもこの集団を纏める立場にあって、自身の変調は兎も角
身内の変調にはそれなりに聡い彼が気付いたのは、使い魔たちの次に
この世界で付き合いの長い女に生じたもの。

共に何度も――両手で数えられなくなった『それ』を迎えている間
彼女がこうも揺らいだのは初めて見る。
といって、彼は声をかけるわけでもなく、ほんの少し目を細めただけに留まった。
その一息の間に、ここに居合わせた全員が彼女に何がしかの視線を向けている。
直接的か間接的かを問わず、彼女が今までと異なる事を理解したから。

注目を集める当人はと言うと、揺らめく前と変わらず目を閉じたまま。
表情にも何の変化も無い。
ただし、纏う空気には差異がある。
それは広大な湖に一滴のインクを零したような、あってないような差異だったが
それまでとは全く異なるという意味において明確な差異である。

「………騒ぐのか?」

ほとりと落とすような音量で青年が女に問う。
何が、と彼は主語をつけなかった。
つける必要が無かったからだ。

問われた彼女は、ややあってからゆっくりと目を開き
紅を乗せてもいないのに艶やかな唇を動かす。

「流石ね。 …ええ。少し」
「そうか」

見た目と乖離の無い声は常よりもどことなく蠱惑的な響きがあり、
更には青と蒼の視線は少なからず熱を帯びていた。
それの持つ不可思議な圧力にぞっとしたのは問うた青年ではなく
彼女の隣に座って、何が起きたのかと不思議そうに見ていた少女の方。
更にその隣に座っていた少年は、びくりと僅かに少女が肩を跳ね上げたのに対し
微かに苦笑を浮かべた。どうやら少女の反応は少年にとって未熟に映ったらしい。
少女より若い見目をしているといえど、少年の方が遥かに経験を積んでいる証左である。
最も、少女のような反応が普通だと、この場に居る面子の誰もが思わないのだから
おかしいのは少女以外の全員なのだけれど。

「…じゃあこの巡りはダーシェとディド、だな」

斜め前のやり取りになど意に介さず、うーんと唸ってから青年は言う。
その直後、少女から文句があがれば、そこから先はいつもと変わらぬ光景。

この巡りもまた、何だかんだ常と変わらないのだろう。
青年たちから少し離れた場所に座った男は、心の中でだけ微笑んだ。

――オーラムは経済特区と呼ばれた地区の片隅にて、風月晶華、開店――

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