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幕間:制約と約束

続き
「頼む! もう暫く、この世界で修行させてくれ!」

床に伏し、彼は心の奥底からその言葉を音にした。

――かつて母の代わりに訪ね、滞在した世界でも友は得ていたし
自分よりもずっと年上の同僚と肩を並べ、国を守る為に奔走もした。

けれど、この短期間で経験した諸々は今までの経験を軽く打ち砕いてしまった。
個人として求められる力量、精神力、そういったものも勿論そうなのだが
何よりも――…得られた縁が今までに無いものだった故に新鮮で。
かつ、それが自分でも思ってもいない程深く心に染み入っていると気が付いた。

兄、あるいは、姉のように思い、慕ってしまった人たちと別れたくない。
最初は戸惑うばかりだった色んなことも、今なら一緒に笑える。
だからもう少し。もう少しだけでいいから。

「…………それはできない」

しかし、暫しの沈黙の後、翼人が返したのは非情な否定。

「何で…っ!」

ばっと顔を上げ、噛み付くように問えば
今度はため息が返ってくる。

「お前な…、自分の体のこと忘れたのか?
 無理をして表の世界に留まって、結果、どうなったのか忘れたとは言わせないぞ」
「…っ……」

忘れていた。
否、この世界でなら、翼人が居るなら大丈夫だと思い込んでいた。
…思い込みたかった。

世界の裏、とでも言うべき世界で生まれた業なのか
世界の表…陽のある世界に長く留まることができない。
かつて訪れた世界で無理をした時には、陽光に触れるだけで命が削られ
陽の無い間、それも極僅かな時間しか起きていられなくなった。
隠している全身を這う刺青は、その時施した延命の呪。
それらを駆使しても状況は好転せず、程なく倒れるように元の世界に戻った。

生まれた世界に戻ってからも、元通り動けるようになるまで1年半以上かかっている。

――けれど。

納得できないことが一つだけある。
彼の妹は、彼のような制約を一切持っていないのだ。
実際、彼女が家出ついでに別世界に飛び出してから、2年以上経過している。
その間、彼女は命を削るどころか、着実に成長しているという。
そこはここや前に訪れた世界と同じく、陽のある世界であるにも関わらず、だ。

自分は命を削りながら、半年の滞在が限界だった。
支障なく――普通の人と同じように過ごせる期間という意味であれば、
恐らく1ヶ月が限度なのに。

妹には、妹が異世界で旅を始める前に、翼人が護符を渡した、と聞いた。
自分と妹の違いはそれだ。
で、あれば。
翼人と同じ世界に居る今、自分も同じ恩恵に与ることはできるはず。

「…けど…、アンタが居るなら…ヨクトが俺に術を掛けてくれれば
 そこは何とかなるんじゃないのか?! 現にクリスは――…」

抑えきれなくなった疑問を全てぶつける前に、翼人は首を横に振る。

「いや。アイツはお前みたいな制約を持っちゃいないよ。
 持っていたとしてもお前ほど影響は大きくない」
「なんでそう言い切れる!」
「強化序に護符と同じ術掛けといたからな。 ……気が付いてなかったのか」

俺の方から召喚したんだしね、その位の考慮は最初からするさ。
苦笑しながら答える翼人を、彼は呆然と見詰める。

「…そんな……。じゃあ……なんで…俺だけ」
「お前だけっていうより、お前の妹の方が異質なんだと思うがね。
 兎も角。
 今ならまだ殆ど削れちゃなかろう? なら近いうちにまた召喚してやれるさ。

 ――お前が強くなりたい、外に出たいと思えるようになったんなら
 黒沙も力を貸してくれるだろ。焦っても嘆いてもいい事は無いぜ、少年」

だから気を落とすなよ、と、目線を合わせてぽんと頭に置かれた掌は
言葉よりもずっとずっと、暖かで優しかった。

  • 2015/04/25
  • 創作モノ::幕間/AUC