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幕間:黒蝶の悪戯

続き
連邦の英雄達が央国の陣に突撃を開始した、と言う報せは翼人から齎された。
風――すなわち大気に干渉できる彼の情報取得速度は闇を操る彼女よりも少し早い。

「そう。じゃあ、そろそろ行こうかしら」
「ん。…程ほどにな」

出来れば後で猫丸さんも捕まえておいてくれ、慰労会をするつもりだからという青年に
出来ればね、とだけ返して、どぷりと彼女は影に沈んだ。

+++++

とぷん。
水がたゆたった様な音を聞いて、ふと彼は歩みを止めた。

用事がある、と一人部隊を離れ慣れ親しんだ土地を――但し極力正規兵に
見つからぬような道を歩いていたのだが、
通ってきたところに水が溜まっているような場所は無い。
何だ、と少しばかり緊張しながら周囲の気配を探れば。

「…英雄が大一番直後に一人で敵地を歩くなんて感心しないわね」

ふわりと鼻腔をくすぐったのはほのかに甘い香り、鼓膜に叩き込まれたのは
ほんの少し低くて妙に艶のある声。
突然の事にびくりと肩を揺らしてばっと振り返れば、よく知る女がくすくすと笑っている。

「なんだ…ダーシェさんか…脅かさないでくれ」

心底から溜息ついて苦情を呈せば、あら、と彼女はまた笑う。

「狙われかねないという自覚はあるのね。
 …ヨクトもしてただろう?って顔だけれど、アレの基準で考えちゃ駄目よ?」

あれは逃げる手段も欺く手段も幾らでもあるのだから、と言う彼女に彼はむっと顔を顰める。

「…俺だって今なら飛べる。問題ない」
「…そうねぇ…、弓で射られても逃げられる位上手くなってるならいいけど」
「それは…。…っ、そんな事より、ダーシェさんは何でこんなトコに」
「アルト君を労いに来たに決まってるでしょう?」

痛いところをつかれたのか、あからさまに話題を変えた彼に彼女はそれ以上の追求をやめて
彼の問いにあっさりと答えてやる。ただ労うだけだであれば、彼はそう遠くないうちに――
各国の大一番が終わった位に、彼女の部隊の主がやってる趣味店舗を訪れるだろうから
その時でもよかったのだが。

生憎と、彼女はただ言葉で労うだけで済ます気は無い。

「この巡りの英雄戦、全陣営での一番槍お疲れ様。ふふ、今期の央国は大変だったでしょう?
 上位の灰色ですら驚く魂の練成者がいたのだし…見事だったわ」
「あ、ああ…ありがとう。一緒に出てくれた皆のお陰だ」
「謙遜ね?」

するり。
いつの間にか距離をつめられている事に彼は気がついているだろうか。

「中盤戦に引き続いて、先頭に立って国の一大事を任される。
 ましてやこの巡りのマッカは常とは違うのだから …誇りなさいな」

浮かべられた笑み、ふんわりと鼻腔を擽る香りが少し強くなって
ちゅ、と柔らかく触れられたのは、柔らかく触れてきたのは、

「――まだ防衛が残っているから。今はコレだけね」

全部終わったらゆっくりお茶でもしましょう?
笑う彼女に、彼が答えられたのかは誰も知らない。

  • 2016/11/12
  • 創作モノ::幕間/AUC