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幕間:温泉

続き
ぴりぴりじんじんするのを堪えて、少しずつ少しずつ身を沈める。
そもそも湯に浸かる、という行為自体慣れていない身に
天然温泉は温度も成分も随分な刺激である。
足先からゆっくりゆっくりと、腰、腕、翼、肩、と浸かって手足をゆうるりと伸ばし。
ほぅ、と息を吐いたところでようやく、それまで自分が息を止めていたことに気がついた。

何となく恥ずかしくなって先客の方をちらっと見れば
確かにこちらを見ているが、表情から察するに、少年の大げさな態度に
興味を示しているのではないらしい。

普段結んでいる三つ編みを解いたその青年に、何か?と問えば、
いや…と彼は少し逡巡して

「その翼は一体…?」

と問うた。

「翼? あぁ…これ?」

ぱしゃり。湯の中で翼が動いて、雫を跳ね上げる。
本来、少年の背にある翼は人が飛べる訳だと納得できる程に大きい。
が、今は烏の翼くらいの大きさしかない。
彼等がキューピッドを知っているのなら、恐らくそれを連想したことだろう。

「ホントは完全に消したかったんだけど…俺の今の術力じゃ、これが精一杯で」
「消す?翼って消せるものなのか?」
「術を使えば。妹みたいに無いのがデフォなら楽だったんだけどさ、
 俺はお袋に似ちまったからね」
「へぇ…」

果たして少年の真意が半分も伝わったかどうか。
これがこの温泉の主であればさらに突っ込んだ質問を重ねて来たと思われるが
青年には充分だったのか、それ以上の質問はなく。

ほんのり流れる湯のせせらぎと静寂。

その間に大分湯が肌に馴染んできたのか、少年はじっと動かさなかった手足を
ゆっくり動かして、縁の手ごろな岩に頭を預け、ゆるり、重力を無視する。

――――気持ち良いな。

少年にとって温泉というものは存在を知っていても、見るのも入るのも初めてで。
そもそもが砂漠育ち、さらには有翼人。
先に述べたとおり、浴びることはあっても、溜めた水や湯に浸かるという経験自体
ほぼ皆無と言っていい。

また一つ世界を知ったな、と、湯に漂いながら、少年はぼんやり思った。




「―――……ところでさぁ、一つ聞いてもいい?」
「何だ?」

満点の星空を見上げてゆらゆらと湯に浮かびながら

「アルトさんって、ダーシェさんのこと好きなん?」

少年はとんでもない爆弾発言を投下した。
その爆弾は効果覿面で、青年は顔を軽く漱ごうと掬ったお湯の加減を盛大に間違え
ばっしゃぁあああんと派手な飛沫を上げる。

「な、なななななっ、何を言い出すんだ!?」

青年の頬や耳が赤くなっているのは、何もお湯を被ったから、というだけではなかろう。
それをちらっと横目で見ながら、少年は身を起こして、だってさぁと言葉を続ける。

「この間のハロウィンパーティの時だって、ダーシェさんとどっか行ってたろ?」
「ち、違…っ! あれは…!パーティの時はちょっと、」
「ちょっと?」

迷って、と正直に言いかけ、青年はぐっと言葉を飲み込んだ。
いつも一緒にいる面子は兎も角、年下のこの少年や少年の妹を前に
迷ったなど恥ずかしいことは年上としてのプライドとしていいたくない。
どういったものか、と、論理的にもゆだり始めた頭をフル回転させて

「…懐かしくなって、な。あそこは前に翼人さんがギルドとして用意した場所だったから
 あちこち見て回ってたんだ。そしたら、偶々ダーシェさんも同じことしてたらしくて」

と、何とか取り繕う。嘘は言っていない。
真相も言っていないが。

「そっか。いや、クr…スィンがそんな事言ってたからさ。
 実際どうなんだろうと思って」

あっさりと引いた少年に、内心で盛大に安堵の溜息をつきつつ
そうなんだ、と、神妙な顔をして青年は頷いてみせる。

「ダーシェさんも同じギルドに居たからな。昔使ってたところがどうなってたのか
 気になって見に来たんだと」
「へぇー。そうだったんだ? それならそうと言えば良かったのに」

急に割って入った高い声に、青年も少年もぴたっと動きを止める。

(今のって)
(……まさか)

視線だけで短い会話を交わし、恐る恐る、そーっと振り返って

ぎゃあ、とか、わぁ!とか、そんな悲鳴が母屋まで聞こえたとは
神社の主が笑いながら話してくれたことである。

  • 2015/10/30
  • 創作モノ::幕間/AUC