side:翼人
「ふむ。
なら今から行くか、空中散歩。別名・アルトがどこまで飛べるか試験」
にんまり笑って言ってやったら、アルトは飲んでいた紅茶でむせかけ
ヒナ嬢は驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせた。
事の切欠は非常に単純だ。
今日は偶々アルトとヒナ嬢が遊びに来たのが重なって
3人で何時ものように店のカウンター越しにお茶をしながら
とりとめもなく雑談していた中での話題。
空を飛ぶ、ということについて。
幾つか前の巡り、アルトが初めて翼を顕した期だった、と記憶している。
俺達の翼と違い、皮膜タイプの翼ではあったが、空を飛ぶことに関して
教えを請われたことがあった。
その時講師役に付いたのはダーシェ、補佐として俺とヒナ嬢――俺もヒナ嬢も
風を操る事が出来る故だ――が入っての遠足を兼ねた飛行訓練。
今期久しぶりにその時と同じ姿を見せているアルトがどの位自在に飛べるように
なったのか、という話題が派生して風に乗る云々の話になった時。
いいなぁ、と、ヒナ嬢が呟いたのだ。
最愛の妹分の呟きを聞き逃せずに訊いてみれば、彼女は飛ぶことは出来ないという。
…うちで飛べない――翼の有無に関わらず中空に留まる能力も含めて――のは
Gieとイディアぐらいだったから、風の精霊の血を引く彼女が飛べないというのに
少々驚いた。
と、同時に。
ならば上空の冷たくも澄んだ風を是非とも体験して欲しいと思うのは
兄貴分莫迦を自称する身としては当然の事だろう?
「げほっ、けほ、ちょ、っ、ヨクトさん?! 試験って―――」
「あら面白そうな話題。
アルト君がどこまで飛べるようになったのかは、私も興味有るわ」
「あ、ダーシェさん。こんにちわ」
「ダーシェさんっ?!」
奥からひょいと顔を覗かせたダーシェに、二者二様の反応。
あーあ…アルト…そういう反応するからダーシェに弄られるんだぞ…
とは思っても言ってやらない。言わない方が面白いからな(←鬼
「折角だから子供達も一緒にどうかしら。留守番はGieに任せればいいでしょ?」
「別に店閉めても問題ねぇよ。思い立ったが吉日って奴だな、早速行くとしようか」
「え、ええー!?」
そんな問答無用のやり取りを経て、ちょっとしたお菓子と飲み物を携え
やってきたのは人通りも少ない郊外の原っぱ。
皆でのお出かけにイディアとスィンは相当ご機嫌な様子。
「全員居るな? じゃ、俺が先導するから…コースはイズレーン方面。
そうだな…イディアとヒナ嬢は俺と、ディドはスィンと、アルトはダーシェと、
という組み合わせで行こう。スィンはどっちでも構わないが荷物持ち頼む」
「はーい!」
じゃあ早速、と、羽織っていた水と風の装飾布――大判ストール程の大きさのそれを
ふわりとヒナ嬢にかけてやる。
「…? 翼人お兄さん…?」
「それしっかり羽織っててな。ヒナ嬢はなくても問題ない気がするけれど
合った方が安全に『俺に乗れる』だろうし」
「翼人お兄さんに? え…でも…イディアちゃんと一緒にって…」
「ふふ、ま、見てなって」
ディド、と声をかけ、二人揃って他の面子から少々距離をとる。
すぅっと息を吸い込んで、意識を集中させ、念じ、求める。
この姿を為す際に定めたもうヒトツの姿を。
一瞬の閃光と共に姿が転じる。
前は鷲、後は獅子。所謂グリフォンと呼ばれる魔獣に類似した巨躯。
所謂グリフォンとの違いはその色だろう。金ではなく白から薄緑に至る色。
その隣に佇むのは俺のもうヒトツの姿よりほんの少し小さな、
それでも大の大人を余裕で背に乗せることが出来る大きさの白狼。
グリフォンもどきが俺で、白狼はディド。
客人の二人は息を飲み、ダーシェとスィンはほぅ、と息を吐いた。
……そういえばディドは兎も角、俺のこの姿は二人にも見せてなかったか。
「すっごい! おじさまも魔獣姿があるって聞いてたけど、こんな姿なんだ!」
「えっ、え?! これヨクトさん?!」
きらっきらした表情で言うのはスィン。
対してアルトは物凄く驚いているが「あ…翼の色がヨクトさんだ…」と
どうやら納得した様子。目の色も何時もの姿と同じなんだが、判断するの
そこなのか。
『驚かせてすまんね。ほら、イディア、ヒナ嬢、おいで。
イディアが前の方がいいかな?』
体勢を低くしながら二人を見、思念を飛ばして促す。
この姿は遊び半分で設定しておいたもので、滅多に変じる事は無い…というか
過去に二度しか変じた事は無い。けれどこういう時には役に立つ。
人の姿でも抱えて飛べなくは無いが、それよりもこちらの方が安定するからな。
アルトと同じように驚き戸惑っていたヒナ嬢が、イディアに手を取られてやってくる。
慣れた様子でもぞもぞと俺の背に這い登っているのはイディア、ヒナねぇ早く!と
どうやらヒナ嬢を引っ張りあげてくれたらしい。小さくてもパワフルだ。
横目に見える隣ではスィンが手馴れた様子でディドに乗っていた。
どうやら最初は自力で飛ばないようだな。
…あれ。良く考えるとスィンの翼も見たこと無いんじゃないか、あの二人。
等と考えているうちに、ヒナ嬢もどうやら良い位置に落ち着けたようだ。
「わ、あ…! ふかふか…!」
『ふふ、お気に召したなら何よりだ。遠慮せずに毛を掴んでいいからな?
テティス羽織ってりゃ大抵の問題はクリアできるが、出来るだけ肩の力は抜いてくれ。
――そんじゃ、先行くぜ』
前者は背の二人に、後者は全員に伝えながらゆっくりと体勢を起こし、
翼を大きく広げて少しだけ風を呼びながら大地を蹴り、力を篭めて羽ばたく。
少しの圧迫感。
それからふっと躯が軽くなる。
直ぐ後ろ聞こえる感嘆の声。おいおい、お楽しみはまだこれからだぞ?
アルトの飛行試験も兼ねるなら、ちょいとスリリングな上空気流で遊ぶのも良い。
そんなちょっと悪い事を考えながら、更に力強く羽ばたき、時折四肢で風を蹴って
速度を増しながら更に上空を目指す。
少し下には白狼、更にその後ろからアルトとダーシェが続く。
上空の風は心地よい冷たさで、空中散策には最高の日になりそうだった。
