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Memento vivere - II

続き

彼女がそれを見たのは本当に偶々だった。
珍しく共有スペースの上に放置された数冊のクロッキー帳、その中で一番上に置かれていた、
最も古そうなそれは表紙となる厚紙がなくなってしまったらしく、窓から入る風に弄ばれて
ぱらりぱらりと中身を晒していたのだ。
翼人のデザイン帳――本人曰くラクガキ帳――だ、見ちゃいけないと思っても、
滅多に見る事のできないものが無防備に晒されていればどうしたって視線も意識も
其方に向けてしまう。
ちょっと探ってみても翼人本人の気配はない。

ほんのちょっとだけ。見えちゃってるんだからそれだけだったら見ても事故の範囲だよね!
此処に置きっぱなしにしたおじさまが悪い。うんそうだ。僕触ってないもん!

良い言い訳を思いついた彼女は好奇心を満たすため、
改めて視線と意識を古ぼけ色褪せたクロッキー帳に向ける。

そこに描かれていたのは極々シンプルな指輪だった。
中心に小さな小さな宝石を咥えた三日月、その両サイドに翼の彫り込みをあしらったデザイン。
しかし地金に工夫を凝らすでもない、透かしを入れるでもない、彼が創るには華奢でもなく
スマートでもなく……どことなく未熟な、中途半端な感じの。

デザインと共に記されたメモから銀地に赤い宝石のものと緑の宝石のものの2つが
作られたと推測されるが、こんな指輪、見たことが無い。
勿論彼女だって彼が創った品の全てを知っているわけではない。
彼女が彼と共に過ごすようになったのはブリアティルトに来てからのこと。
その前の世界でも趣味で雑貨屋を営んでいたと聞き及んでいるので、
その時に作ったものかもしれないが…
彼がデザインしたものと、何かが違う気がする。この違和感を言葉にして腑に落とすのは難しい。

ううんと首を捻っていた時間はそう長くなかったはずだが、
如何せん、彼女は目の前のそれに意識を持って行き過ぎていた。

「こぉら。盗み見は感心しないぞ?」
「わぁっ?!」

いきなり耳元で聞こえた無駄に良い声に、思わず肩が跳ねる。
耳を押さえてばっと振り返れば、いつの間に戻ったのやら、
このクロッキー帳の持ち主たる青年――翼人の姿。
くすくす笑っているのは間違いなく今の彼女の反応のせいだろう。

「もぉおおお、おじさま!? ゾワッとした!!何今の声!!」
「ちょっと遊んで低くしてみただけだ。そんなにいい反応されると思わなかったぜ。

 で? そこに出しっぱなしにしてた俺が悪いんだけどさ、何がそんなに気になったんだ?」

鳥肌たった!と涙目で訴える彼女を宥めるように、ぽんぽんっと軽く頭を撫でて彼が問う。
見ていたことへのお咎めは無いようだと察して
今しがた感じた怖気をふるふると頭を振って追いやり、感じた事を口にした。

「…なんか、おじさまっぽくない感じがしたから。あと…言い方悪いかもしれないけれど中途半端な感じ」

オブラートに包むでもなくストレートに言えば、へぇ、と感心したような声。

「よくわかったな」
「え?」
「この冊子だけ俺らのクロッキー帳じゃない。 …オリジナルのだ」
「え、」

わかるもんなんだなぁと翼人本人はのんびりしたまま、風に弄ばれて捲れたページをさらりと戻す。
対して彼女は突然落とされた情報に大混乱だ。
何しろ、彼が彼女の前で自身のオリジナルの事を口にした事は今まで一度もなかったのだ。
彼女が話を希っても関係ないとばっさり突っぱねてきていたというのに。
一体どういう風の吹き回しだ?!

「俺とオリジナルは厳密には『同じじゃない』から『違う』と思ったんじゃないか?
 中々いい観察眼だ」

フリーズしたままの彼女をおいて、どこか懐かしそうに翼人は続ける。

「当時のアイディアだけでもリメイクできるもんもあるんじゃないかと思ってね、借りてみたのさ。
 まぁ…スィンが見てた指輪だけは絶対に作り直すことは無いけども」

しっかしまぁ、中途半端だと言われるとはね。
あの当時はこれが限界だったが、今だったら絶対違うデザイン考えるよな…
この10年ちょいで少しは成長したのかな、あぁ、形にはしないがデザインだけ考えるのも
面白そうか、等とほぼ独り言だろう言葉を零す翼人にやっぱり彼女の頭が追いつけない。
とりあえず今まで頑なに閉ざされていた情報が開示された事は理解した。
そして今しがた眺めていた指輪について考える。

翼人のオリジナルが創った、絶対に作り直す事の無い、月と翼の意匠の指輪。
それはつまり、もしかして、

「…おじさま」
「うん?」
「それって、その指輪って―――」

  • 2018/07/05
  • 創作モノ::幕間/AUC