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Memento vivere - III

続き

特定の期間を繰り返す世界、ブリアティルト。

何時からか、その繰り返しの始まりに、世界と同じ名の大陸が擁する5つの国の何処か、
部隊名と同じ名を冠する趣味雑貨屋がぽつねんと現れるようになって久しい。

多くはオーラム共和王国の首都アティルトの一角、かつて経済特区と呼ばれた地区に
構えられる事が多いこの店舗。
大通りから一筋離れていること、更には看板も密やかにしか掲げられないせいで、
慣れた店主の友人・知人達は兎も角、一見では中々見つけられない。
そのせいで閑古鳥が鳴いていると評されてもおかしくなく、しかしてだからこその
程よい静けさを保つ住居も兼ねたこの店が、実は異界の一部であることを知っている者は
どれ程存在するだろうか。

面倒臭がりな店主が繰り返しの始まりに一々店内をセッティングするのが面倒だからと、
毎回同じレイアウトで済むよう、残りの一厘で小細工を仕掛けているというだけで、
店部分そのものは九割九部九厘ブリアティルトでもある。
完全なる異界となるのは店の奥、住居部分に当たるところ。
風月晶華に属する者以外、店主の許可なく立ち入る事の出来ないそこは
店主――『双つ姿の翼人』を名乗る魔法人形が『空間の狭間に創った亜空間』に繋がっているのだ。

世界というには余りにもちっぽけな箱庭世界、しかして生活拠点としては
家屋の大きさは勿論のこと、その周囲に拵えられたテラスや幾つもの花壇、
それらを包む森や小川等々創られた世界とは思えぬ程に十二分な広さを誇る。

そんな小さな世界の更に小さな世界たる幾つもの花壇、これらは同居人の女性と
その教え子となった少女と少年が、主の許しを得て好き勝手に構築したものだ。
見目の良い季節の花々のみならず、風月晶華の面々やその友人達を持成す際に愛飲される
特製茶の原料や料理に用いる何十種類ものハーブ、時には毒にもなる薬草の類…と
実に多彩なラインナップを誇る。


ただし。
今、彼女が居るこの一区画だけは、彼女達が手がけたものではない。

木陰というには影が薄く、さりとて強い日差しの当たらないその一角、
柔らかな風が絶えることの無い場所。
その中ですいっと対に上向く濃い緑の葉。
これだけを見れば鈴蘭が植わっている、と思うのだが。
その名のとおり鈴を連ねたように見えるかの花とは全く違う花が咲くのだ。

葉の間から伸びた、信じ難い位に細い細い茎の先。
薄っすらと翠がかった白い芙蓉にも見える大輪が一つ。

花弁の縁に大量のヒダを持ち、さらに丸みの無い形状の先端をした
芙蓉を探せば無いわけでもないだろう、しかし、そもそも芙蓉は樹木だ、
鈴蘭のような草ではない。

いや。

まるで一片(ひとひら)の羽のように、風に吹かれてふわりふわりと揺れ動いては、
昼夜を問わず淡く光を湛える花弁など、鈴蘭か芙蓉かという以前の問題である。

彼女が元々居た世界には無い植物。
少女にも聞いてみたところ、少女の母親の記憶と、少女自身が旅をした
異世界の記憶をあわせても見たことが無いという回答だった。
それもそのはず、この植物は人為的に生み出された、謂わば魔法植物。
そう教えてくれたのは少年である。

風に揺られる白に翠の花弁に

「ヨクトっぽいわね」

と当時の彼女が評したのは当然の流れであっただろう。
評を聞いた少年は何故か、相槌と共に小さく苦笑を零していたけれど。
ブリアティルトに来てそれなりに長い時間を彼等と共有するようになった今なら、
少年が苦笑を零した理由が何となくわかる。
確かに色味は翼人の持つ翼にも似ている。
風に遊ぶ所も、光を属性に持つところも。

だけど。

「ヨクトそっくりでも、ヨクトらしくはないのよね…」

そっと人差し指で突けば、繊細な見た目をしている癖に形を崩すこともなく、
加えられた力に抗わずゆらりと宙を泳ぐ。

「それはそうだろう。その花を創ったのはヨクトではない」

背後から不意にかけられた低い男の声。気配が消されていなかった為
唐突な声掛けにも彼女が動じる事は無い。

「Gie」

振り返って男の名を口にする。
名を呼ばれた白髪赤眼の巨躯、落ち着いていながらも明るい色彩を纏うことが多い
風月晶華の面々の中で、唯一と言っていい深紅と黒を基調とした装いをする男が、
この淡く翠がかった白い花の傍にいる…というのは双方にとって似合わないと思いそうなのに、
妙にしっくり来るのは見事なまでに正反対だからだろうか。

いや、それよりも。

「この花はヨクトの創作じゃなかったの?」

似ているのに違う、その答えを思いがけない人物から得られそうな感触に彼女の意識は
自然と其方へ傾く。大体、Gieが花壇に近寄る事も珍しい。
酒の肴として雪月風花を理解している節を多々見ているものの、珍しいものは珍しいのだ。

そんな彼女の内情を見透かしたのかどうか。
彼はふっと吐息で笑い花壇に近寄る。

「コレを創ったのはアレのオリジナルだ。
 今の姿を定めるにあたり――意識的にか無意識にかは知らんが――
 コレの色を参考にしたのであろう」

尤も似たのは色味だけ。
この花のようなたおやかさや繊細さは持ち合わせなかったようだがな。

嘲笑うと言うには何処か安堵を感じさせる口調。親しみある声音だったから、
引き続いてのGieの行動に彼女は心底驚きの声をあげてしまった。

だって彼ときたら、さも当然と言わんばかりの自然な動きで
一切の躊躇なく、根元から一株引っこ抜いてしまったのだもの。

  • 2018/07/10
  • 創作モノ::幕間/AUC