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Memento vivere - IV

side:銀紫

続き

くったりと行儀悪く机に突っ伏した。
ぺったりと頬と腕に触れる紫檀色の天板は程よく冷たく、疲労で発熱すら覚える心身には
丁度いい湿布代わり。

「……ぁ゛ぁ……癒されるぅ………」
「んな親父臭い声出すんじゃねぇよ」

何かそこそこ質量のあるものが置かれた音と掛けられた声に、仕事をしたくないと
駄々をこねる瞼に力を入れて薄っすらと目を開ければ、視界に流れた白と黄緑色。
ぼけっとそれを流していたら、はぁ、と溜息らしき音と共に今度は黄色を湛えた
透明の器がアップで視野に入ってきた。

「レモンの砂糖漬けを凍らせたの。とりあえずこれ食え」
「……助かる……」

ぐだぐだの身体を何とか起こして差し出された器に手を添える。
薄い半月状の一枚にフォークが刺さっているけれど、それを無視して適当に摘んで
ぽいっと口に放り込む。
行儀が悪い事は重々承知、でも今の俺にはそれを使う気力が無いんだ。

冷たい。甘い。酸っぱい。ちょっぴりほろ苦い。 ―――美味しい。

咀嚼して咀嚼して、揚々飲み込んで。
ほぅ、と一息ついてから同じ動作を繰り返す。
供されたそれが無くなった時分になってから、ようやっとちょっぴり生まれた余裕。
どこまで追い込まれてたんだよ自分…。
僅かに回復してから自分の状態を認識してちょっと凹む。

「で? 今回はどうしたんだ。随分急じゃないか」

ずっと俺を見守っていたこの部屋の主――ヨクトが苦笑しながら問うてくる。
全然気付けてなかったが、どうやら俺の向かいに座って茶を飲んでいたらしい。
飲むか?と視線で問われたので頷く。
香り的にダーシェさんの作ったハーブティだ、ヨクトが嗜むそれは確定で当たりのブレンド。
飲まない選択肢は無い。

「……親父がね…」
「ああー…。なる。そりゃご愁傷様」

物凄く端的に答えたのに、ヨクトはこれで何があったか判ったらしい。
っとに…、娘――俺にとっては妹――に自分は会いに行く手段が無いからって、
修行と称した八つ当たりをされるのは非常に困る。
昔に比べたら俺だって大分強くなったと思うけど、親父と対等に渡り合うにはまだまだ弱くて、
これ以上は身がもたないどころか命の危険を感じるレベルだったため、火事場のなんとやらを
発揮してヨクトのところに『とんで』逃げた――のがちょっと前の話。

「窮鼠猫を噛」めって?
無茶言うな。相手は鬼神だぞ、一太刀浴びせたとこで俺が「終わる」わ。

多分お袋は親父のやりすぎに気が付いた、と思う。結構な魔力を一気に使ったから。
ふん。いい気味だ。お袋に盛大に怒られてしまえ!

「仕方ないな…、暫く休んでけ。なんなら部屋を用意するが」
「いや、いい。こっち夜中だろ? これ以上騒音立てんのも悪ぃし…」
「スィンに会いたくないの間違いだろ」
「う、」

痛いところを突かれた。兄妹喧嘩戦績0勝だから今更感はあるけれども、こうもボロボロな
姿を妹に見られるのは、兄のプライド的に。こう。
言葉に詰まった俺に、ヨクトは「仕方ないな」とでも言いたげな柔らかい苦笑を浮かべて、
なら俺の部屋(ここ)で休む対価にちょっと付き合え、と言って立ち上がる。

「確かこの辺に…、ああ、あったあった」
「…! それ…」
「懐かしいだろ」

ヨクトが取り出してきたのは、繊月デザインのプレートの内側に填められた形状の、球体の籠。
籠の薄い黄金色は月光の如く。自ら淡く光を放ち、仄かにその強弱を変え、時折光の粒を零す。
籠の中には蝶を模した飾りが二つ浮いている。

その名を『月籠』――名の通り月の魔力と光を凝らせ紡ぎ、拵えられた籠。
見た目の繊細さとは裏腹に持ち主に月の狂気(ルナティック)による一時的な
攻撃力強化の効能を持つ。

かつてお袋が創り、扱い、後に俺が引継いで扱っていた『華蝶風月』の姉妹品。
『月籠』も元は彼女…ヨクトのオリジナルさんが創って、後にヨクトが引き継いで扱ってたはずだ。
こっちのは蝶、あっちのは月をメインモチーフにしている違いは有るが、姉妹揃って
初代と次代という経歴を持っている。

まぁ、ヨクトが持ってるのはヨクトが手入れをしたバージョンの方だけどな。
別の「月」をモチーフにした品を作ろうとして、リハビリがてら『月籠』をリメイクして
遊んでいたら、その試作品を見た友人達からの反響が凄まじく、結局こっちを扱うことに
なっちまったと嘆かれたのはいつのことだったか。
閑話休題。

ちょっと付き合えと言ってこれを出してきた、その意図はなんだろう。
元々ヨクトとは魂の波長が近い(お袋とオリジナルさんだと完全一致だ。性格は全然違うのに)上、
夜や闇に近しい品の出現は、今の俺には大変癒しである。
けど、ヨクトが俺の治癒目的で出してくるとは思えないんだよなぁ…

懐かしいだろ、の問いに頷いてから、それがどうした?の意を込めて首を傾げてやったら、
奴はにんまりとイイ笑顔で

「コイツと全く同じでなくていい、けど同じモチーフでブリアティルトに合うよう
 改修した一品を何か作れないかなーと思っててさ。
 どっちかってとあんたらの扱ってた『華蝶風月』に寄っちまうかもしれないがー…

 案出しに協力してくれるよな?」

とノタマイヤガッタ。

んにゃろ…、「はい」か「YES」しか返しちゃダメな笑顔だろそれぇ!!!!!!

  • 2018/07/15
  • 創作モノ::幕間/AUC