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Memento vivere - V

続き

ふわりと舞い広がった髪。
陽光に透けて金茶に煌めく様はどこか温かく柔らかで。実際、彼女の髪が
印象そのままにふわりと柔らかく、またさらりとして手触りが良いことを
彼は知っている。

しかして今この時点、それを堪能する事は不可能だ。

彼と比較しなくとも小さな身体全てを使って繰り出された右の拳を、
左足を下げて半身を少し捻るだけの最低限の動きで避ける。
じゅっ、という音は己の衣服、彼女の拳が掠めた部分から。

(…ふむ)

どうやら繊維が焼けたらしい。
見てはいないし熱も感じなかったが、匂いでわかる。
摩擦熱ということはないから、どうやら無意識のうちに魔力を拳に
集めてしまっているようだ。
歴然たる体格差を補うために魔力による身体能力ブーストを掛けるのは
何時もの事、しかし、今日も夢中になりすぎて、彼女の属性たる『陽』が
表面化していると推測できる。

ならば。

避けられて勢いそのままに壁にぶつかりかけた彼女は、くるりと身体を回転させて壁に立ち、
勢いの反射エネルギーと蹴り出しを見事に合わせ、速度を上げて彼に再突入する。
そのしなやかさはまるで猫のよう。
それまで全ての攻撃をただ避けていた彼は、今度はそれを避けることなく、
己の左手で受け止めた。

空間に走る乾いた音。

舞い広がった髪は慣性の法則に従った後、ゆうるりと重力に引っ張られ。
闘志に燃えていた緑玉髄の目は瞬く間に「しまった!」という色に変わる。

「今日は此処までだ。また魔力制御ができていないぞ、19秒延びたが」
「む~~~~~っ。今日こそあてたかったのにぃ…」

繊維が焼ける程の拳を素手で受け止めたというのに、彼は平然としたまま。
あっさりと攻撃を止められてしまった彼女は悔しさからか、ぷぅっと頬を膨らませる。

「高揚するのは悪い事ではないが、お前の場合まず魔力制御ができねばな。
 
 …時間だな。手を洗って来い、今日はヨクトが作ったらしいぞ」
「!!!おやつ!!!」

先ほどまでの不機嫌顔はどこへやら。
ぱあっと顔を明るくさせて、解放された彼女は家へと駆けて行く。
意識の切り替えが早いというかなんというか。
猫の様でもあるし、まさしく子どもの反応でもある。

ともあれ後姿を微笑ましく見送りながら、彼はふと、『彼女』の事を思い出した。

彼女とは色味も質も異なる茶の髪。
緑玉髄ではなく、孔雀石と鷲目石の眼。
取り立てて美人でも才女でもなく、その白い翼がそこそこ目立つ位で、
どこにでもいるような娘だった。
『彼女』が根っからの戦士でなければ。

幾度と無く互いに本気で手合わせをし、時には背を預けて共闘した。
友であり好敵手。
彼女の悔しがり方はそんな『彼女』の悔しがり方に何処か似ている。
まぁ、似るのは当然かもしれない。
彼女は『彼女』の白い羽を核として、この世に創り出されたのだから。
ましてやその創り手が『彼女』の写し身でもある「彼等」であれば尚の事。

きっと、彼女もいつか、『彼女』のように強くなるのだろう。
既にあの容姿からは想像も付かない程に強くはあるのだけれども。
今はただの稽古でも、いつか、互いに本気になれる時が来るやもしれぬ。

存在できるうちにその時が来ると良い。

来るかわからぬ未来を想い、人知れず、彼は笑みを浮かべ。
ゆるりと彼女の後を追った。

  • 2018/07/21
  • 創作モノ::幕間/AUC