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幕間:巡りの狭間の騒動 I

その異変を最初に感知したのは空間の主である青年であった。

続き
青年の直ぐ横で彼の作業を手伝っていた少年は、青年の手が不意に止まったことを
いぶかしみ、次いで、空間内の異常を察知した。
作業の全てを放って、全力で駆け出した青年の後を少年が追う。

両手で足りる人数が住むには広すぎるとはいえ、青年がいた場所からそこまでは
大した距離があるわけではない。それでも青年は空間の主という立場を用いて
あるはずのない通路――ショートカットを捻じ込み駆ける。
その甲斐あって“そこ”に辿り着いたのは異変に気づいてから数秒と経っていない。

それなのに。

「遅かったか…」

目の前に広がる光景に、青年は唸るような声を吐き出す。
彼等の前にはいつものように、初夏の気配を滲ませ始めた陽光を
木の葉が柔からく解して零す明るい中庭。
――知らない者が見れば違和感を覚えようもない平和な光景。
手入れの行き届いたその一角、枯れ色の石畳にへたり込んだ少女が一人いるくらいで。

「スィン」

青年が少女に声をかけると、その声につられたのか、亡羊とした表情のまま
ゆるりと少女が青年の方を見やり。
視界に彼の姿を入れて数秒、それまでの呆然とした気配はどこへやら

「おじさまっ」

顔色青く、少女が青年に縋り付く。
予想していたのか、不意打ちのタックルにも近いそれをしっかり受け止めて
わかってる、と彼は告げる。

「…ダーシェに庇われたんだな」
「なん、アレ、何…!? 姐様は、」
「落ち着け。ダーシェの心配ならするだけ無駄だぞ、あいつブリアティルトじゃさぼってるが
 あぁ見えて本気出すと凄ぇんだから」

幼子をあやすようにぽんぽん、と、軽く背を叩いてやりながら青年は苦笑交じりに言う。

「一体、何が起きたの…? おじさまは、全部知って」
「――――…まあ、な。知っている、というには少々確証が薄い話になるが。
 …そんな顔するな、こうなったからには全部話そう。ディド、Gieとイディも呼んでくれ」

+++

ブリアティルトは5カ国いずれかの、首都の外れ。
喧騒から一歩離れ、奥まった場所にひっそりと隠れるように、その店は現れる。
『風月晶華』と号するそこは、いずれもが然程大きくはない貸家であり、
通りに面した一角を店舗、残った部分が住居として使用されている。
6人のうち2人が子どもとはいえ、店舗に面積を割いては手狭ではないかと
思う者も居るかもしれない。

が。

実際のところ、彼等はブリアティルトに住んではいないのだ。
店舗の奥に住居部分がある、とは、店主の青年と親しい者であれば知るところだろうが
奥の扉を潜った先が異界であると知る者は何人居ただろうか。

『そこ』は青年が空間の狭間に創った場所。

己の存在意義を保つのに有利になるよう、また、己が出来る限り永く存在出来るよう。
青年が住居部分に客を招くことが稀なのは、こういった背景があったりする。

「それはここに住んでるんだから、僕だってわかってるよ?
 それと、さっきのと…どんな関係があるっていうの?」
「結構な関係があったりするんだな、これが」

話は最後まで聞こうな、と、青年は苦笑しながら少女の手にある茶を飲むよう勧める。
柔らかに花の香りを纏う茶はいつもであればここに居るはずの存在が作ったもので
かなり高いリラックス効果がある、とは、愛飲している青年の言である。

「此処は空間の狭間故に、翼人のような能力持ちにとっては“他に跳び易い”。
 ……しかして、それ故に、異界の同様な能力を持つモノにとっても
 ここは“跳んで来易い”場所であり、それが先の『侵入』 …ということか?」

不満気な表情の少女に代わり、白髪の男が――彼にしては珍しいことに――
青年に問いを返す。

「そうだな…他の世界に直接、よりは、跳ぶのに使う労力は少ないだろうが。
 でも俺だって自分の縄張りに柵を設けない程間抜けじゃない」
「ふむ?」

少し憮然した面持ちで湾曲に返され、魔術方面に明るくない男は
再度疑問を呈する。
それに応えたのは青年ではなく、彼の使い魔たる少年だ。

「この空間には、少なくとも主人と、主人が許した面々が連れてこない限り
 結界に阻まれて入り込むことは出来ません。
 力尽くで突破するにも相応の力が必要ですし、仮に入れたとしても主人が創った場です。
 主人が消してしまえばそれでおしまい。
 故にそれが出来るクラスの者は、そもそもそんなことしませんね」
「―――なら、先程のはなんだったのだ」

中々進まない話に、男の眉間にも軽く皺が寄る。
心配する必要は無いとわかっていても『侵入された』という事実は不快なのだ。

「簡単な話さ。そもそも此処に入れるだけの資格を持ったモノってこと。
 ……異物なのは間違いなかったが、侵入だと結界に認識されなかった」

青年はそう言うと、一つ溜息をついてから、ゆっくりと少女に向き直る。
男とのやり取りを聞きながら手元の茶を飲み干した少女もまた、何かを感じて
カップを置き、青年を真っ直ぐ見る。

「…コレを言う機会がない事を祈ってたんだが…。

 あれはな、スィン、お前が生まれ持ってしまったもの、だ。
 お前が此処に来たその日から、アレは此処に入る資格を持っていた」

「…僕、あんなの知らない。見たことも無い」

生まれ持ってなんか、と、戸惑いも露に少女が言えば、そうだな、と青年は小さく笑う。

「すまん、言葉のチョイスが良くなかったようだ。…まぁ知らないのはそうだろう。
 知らなくて良いように黒沙は随分と頑張っていたようだからな」
「くろさ…? あ………母様、が?」
「スィン。お前は自分がどこで生まれたか、正確に把握してるか?」

怪訝な表情で問う少女に答えず、青年は問いを返す形で会話を続ける。
唐突な内容のそれに、少女はぱちぱちと瞬いた。
数秒の空白。
何を言われたのか理解すると同時に眉間に皺を寄せながら、多分、と彼女は答えた。

「狭間の世界だって聞いてる。ここと違って随分“黒い”ところだったけど…」
「何と何の狭間かってのは?」
「……聞いてない」

知らなくて悪かったね、と言わんばかりのぶすっとした表情になって
宥めるように青年は少女の頭を撫でつつ、小さく溜息を零す。

本来ならばこの話は彼がするものではない。彼女の両親のいずれかがすべき話題。
自身と――正確には自身のオリジナルと――魂の繋がった彼女の母親を、
彼を信じて娘を預けた彼女を、預けられたと知った時よりも恨めしく思っても良いだろうか。

あぁ全く。俺に言わせるなよチクショウ。

沈む内心を綺麗に隠して、青年は再び真っ直ぐ少女を見やる。

「……落ち着いて聞けよ。

 お前が生まれたのは世界の“表”と“裏”の狭間。
 ありていに言えば、

                     …あの世とこの世の狭間、だ」

は? と言ったのは少女だったのか、それとも同席していた誰かだったのか。
先ほどの空白よりも重たい沈黙、ひゅっ、と少女が息を呑む音がやけに大きく響いた。

  • 2016/06/05
  • 創作モノ::幕間/AUC