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幕間:邂逅

―――部屋中の影という影が蠢く。
まるで黒い水が沸騰するかのように、沸々と盛り上がり、不気味なラインを形作る。

そんな異様な光景に在っても、彼は特に警戒する様子を見せなかった。
何か変事が有れば起き出す彼の使い魔達も寝入ったまま。

暫くして、膨れた影の一部が元の影から離れた。
元の影達は先程までの異様な光景が嘘のように、すっかり元に戻っている。
独立した影だけが一所に寄り集まり、膨れて人の形を為した途端、弾け飛ぶ。

そこから現れたのは―――

「…こりゃ驚いた。お前の方が来るなんてね」

続き
「あら…、私が来てはならないなんてルールがあって?」

青味がかった紫の髪、蒼と紫の瞳。
紺の翼は薄っすらと透けた、堕天使の女性。
彼女は整った顔を苦笑で僅かに歪めながら、それでも好意的に笑う。

「いや? 来るなら銀紫の方だと思ってたからさ。界と海を越えるのはアイツの得技だし」
「…あの子に術を教えたのは私よ? 弟子に出来て、師が出来ないわけないでしょう」
「それはそうだが…いや、そんな事言ってる場合じゃないか」

深呼吸を一つして、いらない雑念はとりあえず外に追い払う。
ああは言っても彼女がここに居られる時間は極僅かだと彼は知っている。

「で、今日は何の用―――って聞くのもアレだけど」
「本当に。
 …直接、手紙を見せて貰ってもいいかしら…貰ったのは貴方だって、判ってるけど…」
「……ああ」

誰からの、というのを聞くまでも無く。
彼は整理された文箱から、真新しい便箋を彼女に差し出した。
彼女は手紙を読む風でもなく、ただそっと、手紙を胸に抱く。

その手紙の差出し主は、彼女の知る相手ではない。
彼自身も訪ねられるまで知らない相手だった。
彼等にとって大事なのは、その手紙を届けて欲しいとその人に頼んだ人物。

「……ああ…… …良かった……、元気そうでいてくれて…、
 それに…私のこと…覚えててくれた、なんて……」

不意に、彼女が口を開く。
手紙に籠められていた想いを抱く事で感じていたのだ。

「……お前だって忘れてなかったじゃないか」
「忘れるわけ無いわ。あんなに沢山お世話になって…それに、沢山の思い出が有るのだもの…
 今でも好きよ。嫌いになった事も、迷惑に思った事も一度も無いわ、本当よ。

 ……有り難う。今は…コレで充分だわ」

抱いていた手紙を返そうとする彼女の手を止め、彼は静かに首を横に振る。

「そいつは持ってけ。俺よりもお前が持ってた方がいいだろ」
「…いいの?」
「ああ。…ま、ほら、俺はこの手紙の差出人とは何度だって会えるしね。
 つか、会いに行かないとなんだよなぁ…昨晩やっちまった、ってさっき気が付いたし」

不思議そうに首を傾げる女に、いや、コッチの話、と彼は苦笑う。

「なんでもない。 ……大事にしろよ」
「貴方に言われるまでも無いわ。 …ああ…、もう時間。
 それじゃ、頂いていくわね…お邪魔してごめんなさい。 ―――いつか、また」
「ああ…、いつかまた。アイツ等に宜しく伝えといて」

返事の代わりに、彼女は取って置きの微笑を浮かべ。
現れた時の逆再生のように、その姿は影に飲まれた。
その影もまた、風に散るようにふっと消え。

後に残ったのは、部屋の主たる彼と、一通の手紙の消えた部屋。

  • 2011/08/22
  • 創作モノ::幕間/KOC