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幕間:烈火は烈風と興ず

霧の漂う水上に、青年の姿はあった。

続き
水場の奥、底の見えない深度を持つ位置に、蒼とも翠ともつかぬ装飾布を纏い、
彼は目を閉じて佇んでいる。
背の翼も閉じられたまま。
浮いているわけでも、飛んでいるわけでもなく、水面に立っているのだ。

不意に、彼の纏う布が風も無いのに揺らめいた。
最初は微かに…次第に明らかに。その動きに合わせて、彼の周囲を漂う霧も
それまでの緩やかで不規則な動きを止め、彼を中心とした球体状に渦を巻き始める。
ゆっくりと―――時折煌く何かを内包しながら。

渦中の青年は変わらず目を閉じたまま暫く佇んでいたが
すっと目を開くと唐突に右の腕を持ち上げ、掌を天に翳し
そして勢い良く振り下ろした。

刹那。

轟、と水底を暴く程に強烈な風が周囲に弾け、その風に乗って
煌く刃と見えぬ刃が好き放題に暴れ狂う。
狂気の暴風に水底の土は抉られ、水は霧よりも細かく切り刻まれ吹き飛ばされ、
水場そのものを破壊し尽くす

―――前に、唐突に止んだ。

この間、3秒にも満たない。

水面は静寂を取り戻し、青年は変わらず水面に立ったまま。
初めとの違いは先程より霧が薄くなったことと、彼が目を開いている事か。


「―――主人(マスター)」

場の全てが落ち着いたのを見計らい、岸辺から声があがった。
青年はその方向を視線だけで定めると、極軽い動作で水面を蹴る。
蹴りの反動でふわりと宙に浮かび、通常ならありえない距離を
一足飛びに舞って、声の主―――少年の前に音も無く降り立った。
少年は特に驚く素振りも見せず、目の前に降り立った青年を迎える。

「何だ…寝てて良いって言ったのに」
「少し心配になりまして。…前科がありますしね」

必要があれば力を使うつもりでした、と言われ、青年の苦笑がより深くなる。

「ベースがあっちなら兎も角…俺じゃそこまでいかないさ。抑制が優る」
「要らぬ心配であったなら何よりです。
 …でも、でしたら、あまり鎮火にはならなかったという事でしょうか」

何の、と、少年は言わなかった。
何の、と、青年は問わなかった。
替わりに青年の口から零れたのは、自嘲と溜息。

「鎮火なんぞするわけが無い。片付いてないところに次々だったからな。
 一対一、多対一なら兎も角…一対多では広がるばかり、今尚燻ってる」
「では…」
「が、あれの真似してみたのは無駄じゃねぇよ。気分は少しマシになった」

少年の問いを遮り、青年は薄く笑みを浮かべて続ける。

「―――風は火を躍らせる、ってのは何処の言葉だったか。
 燻るのはいけないな、気が滅入る。風を入れて燃えた方が未だマシだ。
 …ぐつぐつ中に抱えるのは性に合わんし、オリジナルの轍を踏む気もない」
「ですか…ならば僕から言う事は何もありません。

 ……戻りましょう。イディが起きてたら大騒ぎされますよ」

少年の言葉に青年は「それは困る」と、いつものように笑った。

  • 2012/02/24
  • 創作モノ::幕間/KOC