イブラシル大陸はパラスから船で海峡を越えた冒険者達が、初めて新大陸の地を踏む街、港町プルトス。
この街にはクラン『Sternenzelt』の拠点…クランシンボルが存在する。
建てられたのはそう新しい話ではない。だが、不思議と今まで喧騒に包まれることがなかった
プルトス郊外のその拠点は、いつもの平穏さを失い、俄かに慌しくなっていた。
――――2月14日。聖バレンタインの日、と異界で言われる日。
その日に、初めて『来客』を迎えることになったせいである。
クランシンボルへの来客は、決まって1つしかない。
その砦を破壊するか占拠するか…、いずれにせよ武力行使によってそのシンボルから該当クランを追い出す為にやってくる。
よって、拠点を構える側はそれに対抗するため、傭兵を雇ったり、拠点に異変があったときに
旅先からクランメンバーを一時的に転送するための魔法を仕込むなどの手段を講じる。
このプルトスの『Sternenzelt』の砦が俄かに慌しくなったのも、来客という変事に対応するため、
クランメンバーの一部が砦に転送されたからなのだが…
その慌しさは、どう見ても砦の存亡を賭けた準備とは程遠いものだった。
「シンボル戦…アリーナとは違うようだ。現世を離れている間にこのようなものが…」
興味深げにシンボル内を見渡しながら、転送魔法で現れたメンバーの一人、茶髪の少年が呟く。
Sternenzeltに派遣されている『DancingMarionettes』のラルフ・リィステイル…と言いたいところだが、違う。
ラルフは青年であるはずなのに、今シンボルに居る彼は少年の姿をしている。
しかも、彼は青い目をしているが、今の彼は茶色。
この少年が何者なのか、正体を知る者はただ二人――いや、二匹、というのが正しいだろう。
「お取り込み中悪いのだけど。手伝って貰えるかしら?」
少年の背後から、女性の声がかかる。
少年が振り返ると、彼よりも少し背の高い――女性としてみても背の高い部類に入る――やはり茶髪の、
背に一対の翼を持つ女性が笑みを浮かべて立っていた。
Sternenzeltのメンバー、『双つ姿の翼人』…その双つの姿の片方、スーシャに酷似しているが、
こちらもいつもの彼女とは様子が異なる。深緑と濃灰の瞳ではなく、血のように紅い眼。
そして、いつもの彼女とは異なる黒い闇のオーラが、その周囲に色香の如く漂う。
彼女の手には銀の盆。その盆の上には茶器一式と、香ばしい香りのお菓子。
しかもその衣装はパーティにでも出るかのような…胸元は腹の辺りまで大きく開き、
下肢も大きなスリットが施されていて、動く度に足の大部分が覗きそうな格好なのである。
明らかに機能性よりも装飾性を重視した衣装…最も、動きやすさという点においては、
そのスリットによって抜群の機能性を誇るだろうが…。
ともかく、およそこれから一戦を交えるという風ではない。
問うような少年の視線に、彼女は赤い唇を歪め、更に妖艶に笑む。
「折角お客様がいらっしゃるのですもの、お茶会を開こうと思って」
「…茶会?」
「ええ。聞けば、いらっしゃるのは天魔氏だと言うのだもの。彼とはファルーを交えて
何れお茶を、という約束をしていてね…丁度いい機会なのよ」
女の説明が腑に落ちない少年を見、彼女は説明を付け加える。
「何も、単純に力比べするだけが戦ではないでしょう…?
まあ…この領内に踏み入る、というのだから…『それなりの』おもてなしにはなるでしょうけれど、ね」
くすすっ、と女が笑う。
「兎も角。彼等に手伝わせようと思ったら、全然駄目なの。
この世界の傭兵って教養がないのかしら? まともなお茶も淹れられやしない。
ファルーは淹れられるでしょうけれど、レディにそんな事させるなんて、ありえないわ。
だから、貴方に執事役をお願いしたいのよ」
紅茶くらい淹れられるでしょう?、と女に問われ、少年は複雑な顔で頷く。
「ふふ…助かるわ。さぁ、もう時間が無い。急いで支度を終わらせましょう。
先日、街で開いていたお店とは勝手が違うから、最終確認も念入りにしなくては…」
少年の頷きを了承と勝手に解し、至極楽しそうに女がその場から離れる。
その後ろから、明るい緑髪の少女――Sternenzeltのメンバー、ファルー=クレミアが現れ、
女の後に続く。彼女はいつもと変わりない、が、一緒に転送されてきた二人の変化に
戸惑って居る他、初めての来客に緊張しきっている様子ではある。
しかし、身に付いた作法のお陰だろう、いつもより少し洒落めかした姿は凛としていて、
流石名家のお嬢様というところか。
・
・
・
やがて、全ての準備が整い、それとほぼ同時に来客を告げる音が響く。
「ようこそ、もう一つのCulb Sternenzelt へ。
歓迎致しますわ、天魔さん。
―――さぁ、折角異界でSt.Valentine's Dayと呼ばれる日にお越し頂いたのですし
優雅なお茶会を始めましょう…?」
女の真紅の唇が、Mad Tea Partyの開始を宣言した。
