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幕間:始まりの裏側3

眉間を抑えたまま、彼はずっと動かない。
真ん中に寄せられた眉はくっきりと縦に皺を刻んでいる。

家主の沈黙。
それは十二分な圧力をもって、場の空気と時間を重くしていた。

続き
ディアスの街で出会った、青みかかった銀の髪と目の綺麗な少女。
羽の有る人を探している――それ以外話そうとしない彼女を
私以外の羽持ち…すなわち、ヨクトのところへ連れてきたのだが……。

思いもしない展開に驚いて唖然としたのは私とフロゥ、イディちゃんだけじゃない。
飛びつかれたヨクト本人も何がなんだかわからなかったんだろう、硬直したまま動けない。
ディ君――翼人のもう一人の遣い魔、イディちゃんの兄分にあたる少年が様子を見に出て来なかったら、
日が暮れてもそのままだったかもしれない。

何とかストップを解除して、兎も角中で話を、となったのが…30分程前。
少女の話は所々省いているせいで私には細かい部分は良くわからなかったが…

とりあえず、彼女の母親とヨクトが関係者だということ。
だからヨクトのことを血縁的な意味ではなく、親愛的な意味を込めて「おじ様」と呼んだという事。
彼女は元々違う世界に居て、見聞を広める旅をしたがっていたということ。
そして、旅に反対する父と兄に堪忍袋の緒が切れて、実力行使で旅をするため家出を決意し、
ついでに自らの意思で世界すら超えた…ということがわかった。

…はっきり言って、少女の行動は無謀というかなんと言うか…!
家出ついでに世界を超えるなんて、私の養母だったら「良くやった!」と言うかもしれないが。
言葉が通じないかもしれない、常識が違うかもしれない別世界に下準備もせず飛び込むなんて。
まあ…羽の有る人…すなわちヨクトの近くに転移して探していたところからして、直接ではなくても、
知り合いの居る世界を選んでいるという事だから…多少は考えていたのかしら、ね…。

あ。だから…店で会った時に片言だった…?
此処に来るまでも、色々質問したのに困った顔をして微笑むだけだった。
警戒されているのかと思ったが、そもそも言葉がちゃんと通じてなかったからなのかもしれない。
今は場所の影響なのか、全く澱みのない言葉使いだけど。

「……事情はわかった」

漸く、長い沈黙と重い空気をため息で破ってヨクトが言う。

「とりあえず…ダスク、悪かったな。巻き込んじまって。
 この時間じゃ仕事途中で抜けてきたんだろう?」
「大丈夫です。ヨクトのところへ連れて行ってって言ったのは店長ですから。
 今日中に戻れれば明日の準備には間に合います」
「そうそう。ヨクトに引き渡せた時点で戻っても良かったんだけどねー。
 それじゃ店長にちゃんと説明できないし、私達も気になるし」

大仰に頷くフロゥに、そうか、とヨクトは苦笑して少女に向き直る。

「あいつに娘が居るってのは噂で聞いちゃいたけども…無鉄砲なのは親父似かね。

 …旅をしたいなら勝手にすれば良いだろう。会ったこともない俺を頼るなんざ、虫が良すぎる」
「ちょっとヨクト…!」
「主人」

思いがけない強い非難の言葉に、私とディ君が揃って声を上げる。
ちらっと少女に視線をやれば、意外なことに真っ直ぐヨクトを見たままだ。
…この子、見かけによらず結構大物かも…。

一気に場の空気を険悪にした張本人は私達の反応を待ってから、再びため息を付いた。

「…と、突っぱねたいところなんだがなぁ…。

 あいつの娘じゃ、血の繋がりがなくとも俺の姪っ子みたいなもんだし
 勝手されて死なれる方がよほど困るわ。
 ダスク。確か、募集の告知がディアスで出たところだよな?」
「え?
 あ、あぁ、冒険者のですか? らしいですね、そんな話を聞きました」

いきなり水を向けられて一瞬焦る。
私は今回登録する気はないので、細かい日程は忘れてしまったけれど
お客さんの一人がそんなことを言っていた気がした。

「うん。なら話は早い」
「?」
「冒険者登録させるってこと? 確かに初心者も居るけど、ろくにこっちの
 言葉も理解してない女の子をぽーんとそこに投げ込むなんて酷くない?」

首を傾げる少女。その肩に腰を下ろしていたフロゥが抗議の声をあげる。
確かに…冒険者に登録すれば、一人で旅をしていて不測の事態が発生した時も、サポートが受けられる。
滅多なことでは命に関わることはないし、普通に旅をしていてはいけないような場所にも行けるけど…
そもそも言葉が通じないのでは、フロゥの言うとおり酷い仕打ちだ。

「俺はそこまでスパルタはしねーよ…。ダスクの母親じゃあるまいし。
 言葉の問題は術式組み込んだ護符でも用意しときゃ、なんとかなるだろ。

 …ま、条件があるけどな」
「条件…?」
「おう。何、そんな難しい条件じゃないさ」

悪戯っぽく笑う彼の条件が難しくなかった試しがあるんだろうか?
何となく、無理難題を言いそうなヨクトと、意外なまでに強気な少女の顔を見比べながら
すっかり冷めてしまったティーカップに口をつけたのだった。

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