「ディド」
「はい?」
あまり聞き慣れない声音の主の呼び声に、彼は違和感を覚えながら
いつものように返事をした。
縁日に遊びに行った翌日。
珍しくナセルさんは早起きして、朝からどこかにお出かけ…して、夕方になって漸く帰宅。
「ただいまー!ヨクトー!はい、おみやげっ」
そういうナセルさんの両手には一杯の紫の花。
その中から主人に一束―――と言っても、結構な量の花を分けて渡す。
その動作で、より強い香りが僕の嗅覚を刺激して、ちょっとくしゃみが出そうになる。
…今はヒトレベルまで落としてるんだけど。
これで強い匂いだと思うんだから、相当の香りって事だろう。
そのまま上機嫌で自分の部屋へ去っていくナセルさんを見送ってから、主人に問う。
「それ…ラベンダー、でしたっけ?」
「ああ。ま、ナセルにしちゃマトモな土産だな。イディア、後でポプリにすると良いぞ」
「うん♪」
主人のナセルさんに対する認識もどうかと思うけど。
けれどまぁ、まともなのは事実ですしね…
―――部屋中の影という影が蠢く。
まるで黒い水が沸騰するかのように、沸々と盛り上がり、不気味なラインを形作る。
そんな異様な光景に在っても、彼は特に警戒する様子を見せなかった。
何か変事が有れば起き出す彼の使い魔達も寝入ったまま。
暫くして、膨れた影の一部が元の影から離れた。
元の影達は先程までの異様な光景が嘘のように、すっかり元に戻っている。
独立した影だけが一所に寄り集まり、膨れて人の形を為した途端、弾け飛ぶ。
そこから現れたのは―――
「…こりゃ驚いた。お前の方が来るなんてね」