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あれから数年後

金色の砂漠とオアシスの街

頭からつま先まで、ゆったりとした純白の衣装を見にまとった人物が、運河を渡って旅に出る船を自室のバルコニーから見ていた


続き

「ナセル、本当は一緒に行きたかったのではないですか?妹やお友達、お父上様と」
いきなり背後から声がして驚いて振り向く
「わ!アジーズ…驚かせないでよ」
あまりの驚きようが愉快で、2人は笑いあう
「いつか、行くさ。今はその時じゃないだけ…
それより…これ、ありがとう!」
長椅子の背にかけてあった長衣を羽織ると、アジーズの持つ書類の束を抱える
「じゃあ、今日は少し遅くなるから。夕飯は小父さんところで食べてくるよ」

あの事件から、この街の様々な権利はアルマイヤ家から
ナセルが小父さんと呼ぶに人物に移った
丸く収まったからよしとしてとも、認可を求めたり手間が増えた
最初はアジーズに全部任せて旅に出ようとしたけれど
父親も出てる中、それは無責任だし
それに、小父さんとアジーズの2人は折り合いが悪くて、自分が適任だと思ったのだ

今日は、仕事の話もあるけれど、ついでに酒癖も見てやろうと言われて
夕食をとった後小父さんの部屋に上がった

盃を交わし合いながら日常の話を延々と続けていると
上機嫌でケタケタ笑っていたナセルがナイトテーブルに置かれていた七色のガラスを散りばめたランプに気付いて指差した
「綺麗なガラスだね、小父さん!」
「そうだろう。今日、商人に売りつけられてね」
これ以上飲ませるとまずいと思った彼は酒に蓋をしながら答えた
「点してみてもいい?」
ああいいよと軽快な返事を聞くと、中を開けて火を灯す
もともと日が落ちて暗かった部屋の壁にガラスの色が反射して映る
ベットの端に腰掛けて眺め、きれい、と感嘆の声を漏らす
「なんでも、願いが叶うとか、見たい景色が見れるランプらしいよ」
と小父さんがいたずらっぽく笑う
ガラスが綺麗だったから買ったのだがね、と付け加えて。

「小父さんは願いが叶うなら、何がいい?」
そう聞かれて、少し思案した彼は苦笑してから逆に問い返した
ナセルがうーん、と首をひねらして考えていると
青いガラスの影に覚えのある凍土の街がぼんやりと映り、不思議に思ってそれを眺めた
これは逃亡先で長く滞在したはずの場所…なんだけれど、うまく思い出せない記憶
どうも術にかかっているようなので、魔術師に頼ったが、「じゃ、邪神がっ!」と怯えて話にならなかった

追われてて、たしか窓を破った記憶まではきちんとある…
あれは…家の中で誰か寝てたんだな…
耳の長い女性だったっけ…?
たぶん、そうだ

叶うなら、あの逃げた先の一年間を思い出したい、かなあ…

ランプ本体に視線を戻すと、違和感に気づく
(…あれ、なんか中にいる?)

「ナセル?」
小父さんは、ベットで横になる人物に声をかけるが、
顔を覗き込むと眠っているとわかり、体を寝台に横たわらせてやる
「…父親とまるきり一緒だな」
元親友の顔を頭に浮かべ苦笑する
着ているものをを脱がして楽にしてやった
枝の様に細かった腕も身体も今や、砂漠の民の逞しい大人の身体へとかわりつつある
カフィーヤを紐解くと、母親譲りの柔らかな黒髪が露わになる
腰近くまであるそれを指で梳きながら、逃亡中の彼を思い出した
箱入り息子なら、苦境に心が折れて自分に助けを求め縋り付くのではと思っていた
しかし、予想に反して精神的にも成長していた
「ずいぶんと、大きくなったものだな…
もし、息子がいたら、こんな風に成長を喜ぶのだろうか…」
そんなことを呟きながら、さっきまでナセルが眺めていたランプを見つめた
先程頭に浮かんだ、叶わぬ望みを想いながら。
(ん…中になにか?)

ぐらり、と空間が歪んだ気がした
酷い眩暈と耳なり
「ナセル…すまないが起きてくれ」
揺さぶろうと、手を伸ばすとそこには予想していた感触はなく、代わりに…

  • 2012/11/20
  • 記:ナセル